2012年12月31日
青木雄二/青木雄二プロダクション「ナニワ金融道 全巻」「新ナニワ金融道 1〜8巻」
昔、無印の方は全部読んでいたが、「新」の方は初めて読んだ。調べてみたらまだ続いていたのには驚いた。
元々、伊集院光のラジオで「肉欲棒太郎」という名前が出てきて、なんてインパクトのある名前だろうと思って手に取ったのがきっかけだ。
なんとなく、その前から存在は知っていたが、おっさん向けの漫画だろうと触れずにいたのだが、当然だろう、小中高生が金融もないだろうし。
とにかく名作で面白いので読めばいいと思うのだが、今回「新 ナニワ金融道」も読んだことによって、青木雄二という人の凄さがハッキリとわかって興味深かった。
まずドキュメンタリー番組の中でも語られていたが、異常なまでの細かい書き込みは誰にも真似できない。「あんなもん手抜きや」と言ってスクリーントーンをほとんど使わずに、背景のビルから畳の目から作中の新聞の活字からとにかくビッシリと書き込んである。そして、汚れてるべきところはキチンと汚れているという徹底っぷり。これは作風として青木雄二亡き後も、「新」の方で「青木雄二プロダクション」という会社名義になったあとも続いているのだが、やはり全然違う。
単純に、不合理ともいえるほどの書き込みと言うのは本来は不必要なのだ。漫画という、一種の記号で表現するモノの中で、細かく書く、という事はそこまで必要では無い。「Hunter×Hunter」の下書きレベルの絵でも面白く読めてしまうくらい、優秀な漫画読みが多い日本ではなおさらだ。
でもやる、というのが表現で、そこを徹底したせいで腱鞘炎に悩まされてもやるのだ。
それは、作風としてトレースしただけではやはり違うものになってしまう。若い時に何十種類も職を転々とし、裏の汚い部分も数多く見てきた人間でなければ、「ここもここも本当は汚れている」という視点が持てないのだ。例えば、値段の安い飲食店で働いたことのある人間なら、厨房でどんな事があるかがわかっている。ゴキブリ、ネズミ、スピード重視の調理、大量の廃棄、それを知ってる人間じゃないと書けないモノがある。それがあるから上手いとは言えないあの絵なのにリアルだという評価になるのだ。
細密だが、山野一のような情念を感じさせるわけでは無く、温かみのある絵だ。例えるなら、真冬に乗る終電みたいなもんで、電車の中には酔っ払ったおっさんの酒くさい息と加齢臭が充満しているが、外より全然暖かく慣れてしまえば、快適ではないにせよどこか許せてしまうような感覚がある。蛭子さんの漫画にも近いかな。あっちはあくまで空想の世界なのだが、こっちはあくまで現実主義というか、さすがマルクス主義者という感じ。
現実主義なのは当然話にも表れており、最終的に救われるような、希望が残っているような話はほとんど無い。それこそ「肉欲棒太郎」のような物凄いバイタリティや頭の良さが無いと、再びまともな生活には戻れない。
そのあたりも「新」になって変わってしまったようだ。法律というのは毎年少しづつマイナーチェンジがされていくもので、特に金融業などは社会的な問題になって大幅に法律が変わってしまったし、時代も変わってしまったので同じようには行かないのはわかるのだが、どうもピンとこない。甘い、とかでもないのだ。だいぶ法律で規制されてるのにいまだに借金で転落していく人は、むしろ昔より酷い事になったりするのだが、どうも話に乗れない。
そして一番違いを感じるのがユーモアのセンスだ。私が知るきっかけになった「肉欲棒太郎」もその1つだが、とにかくネーミングが最高なのだ。最初は普通のものも多かったのだが、だんだん一種の芸のようになっていく。だいたい、漫画の中の街にある看板や企業の名前は架空のものにする事が多く、テキトウな名前や身内ネタ、パロディなどが多いのだが、飛びぬけておもしろい。そして、ほとんど全てがド下ネタと軽い悪意とおふざけだ。
「ハッタリ不動産」「ソープランドMEKO」「マタグラヨーナルドハンバーガー」「お好み焼き・鉄板焼きMANKO」「あそこそこ薬局」「総合結婚式場 MEKO殿」「地主銀行 偽造支店」「吸血ファイナンス」「泥沼亀之助」「おけら荘」「SNACK 早漏」「VAGINAレジャービル」「軽薄企画」「墜落航空」書いててきりがないから止めますが、こんな感じ。
背景すげーなー、びっちり書いてんジャン、なんて思ってたらこんな看板ばっかりっていう。
そこらへんの感覚も、引き継いでいるようで引き継げていないんだよね、こればっかりはしょうがないんだけど、スベッてんなぁ、っていう。
というわけで、「新」の方はお世辞にもいいとは言えない作品だったな。まだ続いてるけど、8巻まで読んでつまんなかったらさすがに切るよ。もうこの先は読まないわ。
絵が上手くなくても「手抜きはあかん」とできる範囲でのマックスをやって抜きん出て、表面的には酒と煙草と女しか無いようで、マルクス主義者であり、政治経済に詳しくて勉強を絶やさず、人生経験豊富で話も作れるという、実は物凄く努力の人なんだと改めてわかったな。作者の自画像の下のスペースの普通2、3言ギャグか近況報告で終わらせるような所まで、経済コラムみたいなのビッチリ書いてるし、しかもそれおもしろくてためになるっていう凄さ。そして、それでいてやっぱり表面的にはメチャメチャ俗っぽいあまり、そこでも抜きん出てしまい個性となっている。水商売系の店のネーミングは完全に酔ったおっさんの口走るような名前だけど、もう突き抜けすぎて面白いわ。
ウシジマ君も好きなんだけど、やっぱりこっちを皆読むべきだわ。あ、無印の方ね。
今回読んで、一番頷いた所を抜粋してみよう。
「アホやのー、正しないのにコブシ振り上げる連中の方がゴネるに決まってるやないか」
「そういうことや。オイ 吉村、もしお前がそういう立場になったらどないする?」
「僕だったら相手の些細なことにインネンつけて話を本筋からずらして攻撃すると思います」
「ようわかっとるやないか、その通りや」
〜ナニワ金融道 6巻より〜
ホンマその通りやで。
オモシロいなぁ。こういうオッサンいたよなぁ、大阪住んでた時。
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