旅に出られなくなりました。
そして・・・・
2011年3月11日金曜日は、
東日本大震災が起きました。
当時、品川区の会社にいた自分は
ビルがグラグラ揺れているのを
目の当たりにし、
外を行きかう人たちのパニックぶり
自動車の大渋滞
携帯電話が繋がらない
など、初めて生きるために
どうしたら良いのか。
と考えさせられる経験をしました。
品川区天王洲アイルの会社から
途中の蒲田までは、
会社の先輩が運転する
自動車に便乗して約2時間で到着。
その後、電車はすべて止まっているので
歩きで多摩川を渡り、
鶴見の家まで帰りました。
自動車の走るところは大渋滞というより
身動きが取れない状態。
歩道は家に帰る人で溢れかえり、
駅は寄ることさえできませんでした。
京急線の八丁畷駅では、
真っ暗な構内に
車内が真っ暗な電車が2編成停車。
置き去りにしていった感じでした。
ところどころで停電も発生しており、
真っ暗な中を歩いて帰るのは
心細いというよりは、
危険と隣り合わせという方が
しっくりくる状況でした。
鶴見の家に着いたときは
建物全体が真っ暗という
停電状態。
後に、鶴見区は電柱が傾いた箇所があり、
二次災害になり兼ねない
火災を予防するために
一斉停電したようなことを聞きました。
自分の家は真っ暗でしたが、
懐中電灯を持っていたので
難なく到着し、
ガスが通ることを確認して
夕飯が食べられてしまいました。
しばらくしてから電気が復旧し、
その確認は、電灯をオンにしたままだったので、
通電してから明るくなったことで判明。
またいつ停電するか分からないので、
シャワーを手短に済まし、
テレビで状況確認。
水も出るので、
この時点で通常通り生活できることに安心。
というようなことがありました。
鉄道網はこの大震災で
ほぼ壊滅状態。
翌日の土曜日は、当番だったので、
会社へ行ったのですが、
鶴見から蒲田までは全て運休。
京急線で新馬場まで行き、
歩いて天王洲アイルへ。
天王洲アイルはほぼ人の気配なし。
りんかい線も止まっており
駅入口のシャッターが閉まっていました。
会社に到着すると
別部門の人が一人。
結局二人でその日は対応。
関西地方は特に影響がなく、
通常通り電話がくるものの、
こちらが仕事どころでは無い旨を
説明するということを繰り返しました。
その日の午後は、一部電車が復旧。
何と鶴見まで電車で帰ることができました。
けれども、旅に出るような
そんな状況ではありませんでした。
このようなことを境に、
生活環境もガラリと変わり、
旅に出ることが減りました。
他にも理由があり、
国内ではなく
パスポートを取ったことにより
海外へ足を延ばしていたのです。
海外といっても
中国でしたが(^^;
仕事の関係で一度中国へ行き
たまたま一人でも申し込める
ツアーを見つけ、
中国へ行ってきました。
日本と違い、
写真撮影とかは
なにかと注意されそうなので
カメラも持たずに行ってきました。
それはそれで楽しかったのですが、
やはり自分には鉄道旅の
方が合っている気もしましたね。
というようなことがあり、
また、急に仕事が忙しくなり、
次に旅に出るのは
2013年になります。
ただ、青春18切符ではなく
普通の切符で行ってくるだけという感じです。
そして、少しだけ海外も(^^)
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