共感性が強すぎると言えるのかも知れません。
こんな事言ったら相手が傷つくだろう、とか、相手が悲しむだろう、とか思うと、自分が傷ついたり苦しい場合も、自分さえ我慢すれば良いと思ってしまいます。
我慢に我慢を重ねます。
そしてモラハラ加害者は、被害者が我慢して努力する姿を見て、気持ち良くなるのです。あぁ気持ち悪い。
こんな感じで、モラハラ加害者は被害者から生きる気力を奪っていきます。
だから、モラハラ加害者にこれ以上奪わせてはいけないわけです。
逆に奪えば良いのです。
その冷徹さや残酷さを。
そんな事、人に対して出来ないと思うでしょう。
でも、人は人生で必ず冷徹さや残酷さを発揮している時があるのです。
それは反抗期。
誰でも、親に向かって口答えをしたり、喧嘩をしたりしたでしょう。
今考えてみると、どうしてあんな酷いことが言えたのか不思議ですよね。
実はそれは、親に甘えていたからなんです。
絶対に自分を見捨てないだろうと思ってるから、そういう冷酷なことが言えたんです。
モラハラ加害者も同じです。
被害者は何を言っても反撃してこないだろう、俺を見捨てないだろうとタカをくくって、被害者に甘えているのです。
だから、モラハラ加害者を冷酷に見捨ててやるのです。
残酷に打ちのめしてやるのです。
お前なんていつでも捨てられるよ?
お前の存在価値なんてないんだよ?
と。
今までこれは一番やっちゃいけない!と心にかけていた戒めを解くのは気持ち良いですよ。
物凄い開放感です。
え?これ出しちゃって良いの?普通恥ずかしいから出しちゃいけないやつじゃん、と思うかも知れませんが、良いんです。
だって向こうがそれを出してきてるんだから。
むしろ、親以外にこういう感情を出せる人生で数少ない機会だと思えば良いんですよ。
モラハラ被害者というのはそれを出す権利を得た人なのです。
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