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暗渠と城跡21 北沢川と三宿城 [2019/10/14 21:33]
都内にもある城のなごり
今回は吉良氏が居城とした世田谷城の支城ではないかと伝わる三宿城跡を訪ねました。
<三宿の森緑地>みしゅく
それらしい光景?まるで曲輪を取り囲む土塁の跡のようですね。しかしこれは公園として整備されたもの。事前にお話ししておきますが、三宿城跡とされるエリアで遺構は確認できません。ここを真っ先にご紹介する理由は、高台に築かれたとされる城跡で、最も周辺との高低差を実感した場所だからです。
<丘の上>
柵の向こう側は崖状になっています。..
久地円筒分水と溝口暗渠散歩(川崎市) [2019/07/10 22:20]
(今回は久々に水路の話です)
■ 久地円筒分水 ■ くじえんとうぶんすい
<円筒分水>
こちらは川崎市の二ヶ領用水久地円筒分水。中央の円筒から水を湧き上げ、外側の円筒の淵から溢れさせて、水路に流す仕組みになっています。思いのほか大きい!円筒は中央が直径8m、外側は16mです。
溢れさせて
分水されて各々の水路へ
<憩いの場所>
円筒分水そのものは他にもありますが、ここ高津区の円筒分水はその先駆け。今では周辺も整備されて、市民の憩い..
偶然見つけたかつての浦和と与野の境界線 常盤緑道 [2019/06/15 06:43]
今回もまた暗渠の話です。良くいく公園の北側で見つけた一直線の小道。すぐに暗渠だと分かりました。
これは間違いない
ひたすらまっすぐ
常盤緑道というのか
貨物専用の線路を跨いでまた続く
まだ続くけどこれくらいにしとくか。紫陽花を見て満足し、引き返しました。川なら蛇行もするはず。かつての水路なのでしょう。
後から地図で確認すると、道の右側は旧浦和市、左側は旧与野市でした。暗渠を散歩すると、左右で地名が異なるかとが時々あって興..
刑場近くの橋のなごり 泪橋と思川 [2019/06/09 21:25]
今回は泪橋の話です。
■泪橋と思川■
<泪橋跡>なみだばし
泪橋の交差点です。場所は南千住駅の南側。川が暗渠化され橋は姿も無く、その名が交差点やバス停残るのみです。
<思川跡>おもいがわ
姿を消した思川は台東区と荒川区の境を流れていました。この道がそのままかつての流路ということになります。
<説明板>
橋の名の由来として『囚人たちが現世を去るに際し涙を流しながら渡った』または『囚人の知人が今生の別れを惜しんで袖を濡らした』といったことが記..
関ヶ原に来ました!品川区の (島津家抱屋敷跡) [2019/06/06 22:09]
大井町駅の南側を散策中にこんな公園と出会いました。
<関ヶ原公園>
関ヶ原!いわゆる関ヶ原と関係あるのでは?
戦国武将好きとしては、どうしても期待してしまいます。ここは現在の住所だと東大井六丁目。かつては大井関ヶ原町と呼ばれていました。公園の名はそのなごりですね。
説明板を見つけました。もしかしたら、地名の由来が分かるかもしれません。
<説明書き>
地名の由来については特に記載がないようです。残念。じゃ何が書かれているのか?
どうもこ..
玉川上水のなごり 余水吐跡の暗渠 [2019/04/11 22:03]
今回は水路跡のお話。江戸という城下町の治水事業のなごりです。
<水路跡>
■玉川上水余水吐跡■ よすいばけ
当ブログでも何度かご紹介させて頂いている玉川上水。有名ですね。羽村から四谷大木戸(現在の四谷4丁目付近)まで約43キロ。標高差わずか100m程度しかないこの区間を、地面を掘るだけで繋いだ水路です。水は低い方へしか流れませんから、いかに困難なことか想像できますよね。
さて
羽村からはるばるやってきた多摩川の水は、四谷大木戸より先はどうなっていたの..
赤羽の暗渠(稲付川)姥ケ橋の跡 [2019/01/05 18:14]
今回はまた「暗渠」のお話です。
以前『赤羽の暗渠の果て』と題して、稲付川の暗渠の下流をご紹介したことがありました。今回は、同じ場所から上流へ向かい、川にまつわる人の記憶と出会ったという内容です。よかったらお付き合い下さい。
<稲付川の暗渠>いなづけがわ
ただの道ではありません。かつては川でした。前回同様ここ(北区赤羽西)を起点に、今度は上流へ向かいます。
<川筋>
更に進む。冒頭の地点は、川が広い低地に出るところ。進んでいる先は台地の谷間です。こ..
越ヶ谷御殿跡 / 暗渠と城跡19 川の立体交差地点
[2018/11/03 23:18]
つわものどもが夢の跡
埼玉県の越谷市に用事があったついでに、以前から気になっていた場所を訪ねました。
越ヶ谷御殿跡
■御殿跡■
<石碑>
越谷市御殿町の元荒川沿いに設置されている石碑です。
<説明板>
ちょっと画像が悪く申し訳ございません。
越ヶ谷御殿は徳川家康によって設けられた御殿です。御殿とは、まぁ簡単に言えば将軍の別荘のようなもの。江戸近郊に出かけた際に利用する将軍家用の施設のことですね。越谷市には御殿町という住所が存在しますが..
街の狭間 真夜中の暗渠 [2018/09/18 21:33]
当ブログで時々登場する暗渠。このマニアたちの宴に参加したあと、街に埋もれて見向きもされない夜の路地を探索しました。
<真夜中の暗渠>
暗渠(あんきょ)
地下に埋設された川や水路
個別に場所は説明しませんが、ご紹介する画像は新宿区と中野区です。都会のなかの都会ですね。過密に凝縮された人の暮らしの狭間で、ひっそりと流れる水の道。街というものに深く足を踏み入れれば、こんな姿もある。そんなことを共有できれば幸いです。
多少は人も通るであろう暗渠
..
その道は水路 (さいたま市) 花と緑の散歩道
[2018/08/17 23:14]
今回はさいたま市の緑道の話です。
■花と緑の散歩道■
<緑道>
春には桜が咲き誇る緑道です。
画像はさいたま市(旧浦和市)の花と緑の散歩道。市民の憩いの場所である別所沼公園から、JR武蔵浦和駅近まで続く緑道です。約2キロの道のりには、桜のほかに四季折々の植物が植えられており、その名の通り花と緑を楽しめる散歩道として市民に親しまれています。
■別所排水路■べっしょぬまはいすいろ
この道、元々は別所沼から伸びる水路でした。
<別所沼>
現在..
赤羽の暗渠の果て 稲付川と空が出会う場所 [2018/07/15 22:44]
今回はまた「暗渠」のお話。本日の暗渠探索です。
<暗渠>
昔は川だった道です。石神井川から板橋区内で別れて、この付近を通過して隅田川に繋がる川です。
■稲付川が流れる街■いなづけがわ
当ブログで時々登場する東京北区の街・赤羽。まず、太田道灌築城と推定されている稲付城跡があります。城跡メインのブログですので、赤羽が登場するのは自然な流れです。
<稲付城跡>
もう一つの理由は、ずばり「暗渠」です。毎回同じ説明ですが、これは「あんきょ」と読み、「地下..
奥沢の城跡 湿地に咲く鷺草の悲話 [2018/07/01 20:44]
つわものどもが夢の跡
今回の訪問は世田谷区の奥沢城です。最寄り駅でいうと「自由が丘」のお隣の九品仏駅。凄い所にある城跡ですね。吉良氏の居城・世田谷城の支城です。そして、その名門家も巻き込んだ悲しい姫様の伝説が語り継がれる城跡です。
<城跡北側>
右側は城が築かれた微高地。手前の道ですが、これは川。暗渠化された九品仏川です。奥沢城は水の豊富な低湿地に守られた城でした。
■ 奥沢の城 ■おくさわ
戦国時代、この付近は吉良氏が領していました。奥沢城は世田谷..
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