こちらの土塁は本丸の外周を囲んでいた土塁です。
<説明板>
土塁の斜面には小さな説明板が設置されています。本丸の西側を囲む土塁の一部であること、南の二の丸や西の土蔵曲輪と橋で結ばれていたと記されています。
<模擬御三階櫓>
土塁の場所は忍城址のシンボル・御三階櫓からみて南西側になります。
<参考画像>
整備された忍城址には、復元土塁や土塀が設けられているところもあります。これはこれで魅力がありますが、旧状をそのまま残しているのは、今回ご紹介の土塁ということになります。
<忍城鳥瞰図>
もう少し伝わり安いように、忍諏訪神社で撮影した忍城の鳥瞰図を貼っておきます。左下が本丸です。広大な沼地を利用した忍城は、それぞれの曲輪が水辺に面しています。
<浮き城の本丸土塁>
土塁の前面は堀ではなく水辺だったのでしょう。
忍城は戦国時代に築かれ、江戸時代を通じて存在していた城ですが、明治の廃城により徹底的に取り壊されました。よって、遺構は僅かです。城址は行田市郷土博物館として整備され、城郭の雰囲気を醸し出す素敵な空間となっていますが、それだけに、毅然と残っているリアルな土塁の重みを感じます。
<貴重な遺構>
見た目は地味です。ただ、関東七名城のひとつに数えられる忍城で、実際に役割を担っていた土塁の跡です。
■訪問:忍城土塁跡
(行田市郷土博物館)
[ 埼玉県行田市本丸 ]
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■参考
・現地説明板
・お城めぐりFAN
>関東の城>忍城
https://www.shirofan.com/shiro/kantou/oshi/oshi.html
タグ:埼玉