2021年04月04日

村境の道切り 上尾市のフセギ(川の大じめ)

今回は上尾市の道切りのお話です。

道切りとは、疫病や悪霊が村に侵入するのを防ぐために、いわば結界をはるようなものですね。かつては日本各地で行われていた習慣のようですが、最近ではあまり見聞きすることがありません。以下は上尾市に道切りの習慣が伝承されている場所があると聞き及び、訪ねた時の記録です。

<道切り>
Kawa-Fusegi-Michikiri.jpg
かなり重厚な縄が張られています。こちらではフセギと呼ばれているようです。

<草鞋>
Big-Shoes.jpg
馬のわらじと呼ばれる大きな草鞋がつるされています。いろんな解釈があろうかと思いますが、私は「この村にはこんな草鞋を履く大男がいるんだぞ!」という威嚇のようなものと受け止めています。

上尾市教育委員会のホームページによれば『県東部に分布する蛇縄を掛ける行事と、県西部で行われる村境に草履を掛ける行事が知られていますが、川の大じめ行事は、形式的にも位置的にも中間に位置し、フセギ行事全体を考える上でも重要なものです。』とのこと。道切りの方法は地域によって異なりますが、ここ上尾市の道切りは、県内の東西それぞれの特徴が取り入れられたいわばハイブリットな形式ということですね。

<川の大じめ>かわのおおじめ
Intangible-Cultural-Heritage-Ageo.jpg
大注連を張るこの地の道切り行事(フセギ行事)は『川の大じめ』と呼ばれ、上尾市の無形民俗文化財に指定されています。

<川>
Address-Display-Kawa.jpg
ここでいう『川』は地名です。

<村境>
Kawa-Village-Entrance-Fusegi.jpg
ここはかつての川村の入口ということになります。

<庚申塔>こうしんとう
God-Stone.jpg
傍らの庚申塔です。字がよく読めませんでしたが、道しるべも兼ねているようです。ここは古くから人の通り道だったのですね。

<神明神社>しんめいじんじゃ
Shinmei-Shrine-Ageo.jpg
こちらはすぐ近くの神明神社です。旧川村の鎮守です。毎年こちらの神社で注連縄が作られ、かつての村の出入り口に取り付けられるそうです。

<説明板>
Shinmei-Shrine-Kawa.jpg
地元の歴史までよく分かる説明です。もともとあった複数の村が、江戸初期にはひとつに統合されていたようです。神社の説明ですが、すみません、今回は省略させて頂くとして、最後の方にフセギ行事に関する記載がありますので、そのまま転記させて頂きます。
『当地には「川の大じめ」と呼ばれる魔除け行事がある。毎年五月十五日に大きな注連縄を作り、西方の今泉との村境まで運び常設の柱に下げ、村の悪霊災難除けとして祀る行事で、上尾市指定民俗文化となっている』とのこと。

昔はいま以上に疫病の類が怖れられていたはずです。それらにどう向き合ってきたのか?道切りの習慣を受け継ぐということは、そこに込められた思いも受け継ぐということですね。

Kawa-Michikiri.jpg
姿形も立派ですが、それ以上に貴重なことに思えました。

■訪問
川の大じめ
[埼玉県上尾市大字川]134
神明神社
[埼玉県上尾市川2丁目]3-2

■参考及び出典
・神明神社説明板
・上尾市教育委員会ホームページ
 『川の大じめ』
https://www.city.ageo.lg.jp/site/iinkai/064110110908.html
タグ:道切り
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2021年02月11日

集落の四隅を守る道切り 市川市国府台の辻切り

<国府台の道切り>みちきり
Kohnodai-Michikiri-Snake-Village-Entrance.JPG
悪い病気や悪霊などの侵入を防ぐために、集落の出入り口に縄を張ったり、札を掲げたりする『道切り』という習慣。いまはあまり見かけませんが、かつては日本各地で行われていました。


■国府台の辻切り■こうのだいのつじきり
今回訪問した市川市国府台では『辻切り』と呼ばれています。『斬り』だと物騒ですね。『切り』です。念のため。
<藁の大蛇>
Kohnodai-Village-Entrance.JPG
ここはかつての集落の入り口

Kohnodai-Michikiri-Snake.JPG
ワラで作った大蛇が木に備え付けられています。首には木の札が結びつけられていますね。道切り(辻切り)の方法は地方によって異なりますが、暮らしの場への出入り口に何かしらを設置することは同じ。内と外を遮断するわけですね。

<国府台天満宮>
Kohnodai-Shrine.JPG
国府台の辻切り行事は、毎年1月にこちらの境内で行われます。藁で造り上げた大蛇にお神酒を飲ませ、魂入(たまい)れをしてから木に結びつけるそうです。室町時代から伝わる伝統行事です。

<説明板>
Kohnodai-Michikiri-Note.JPG
ちょっと光の関係で見えにくいですが、天満宮と辻切り行事に関する説明がなされています。まず、こちらの天満宮があの太田道灌により建立されたと伝わると記されています。すぐ近くの里見公園は、道灌の弟が築いた国府台城跡です。説得力がありますね。つづいて『辻切り』について。一部抜粋させて頂きますと『辻切りとは、人畜に危害を与える悪霊や悪疫が部落に侵入するのを防ぐため、部落の四隅の辻を、霊力によって遮断してしまうことから起こった名称です』とのこと。ここでいう『辻』とは境界のことですね。四方の境に大蛇を祀り、その霊力で悪しきものの侵入を防ぐということです。

藁の大蛇は全部で4体。最初にご紹介した大蛇は集落の西(里見公園の西北)にあたります。他の3か所も見てみますかね。

<南側>
Kohnodai-Michikiri-On-branch.JPG
Kohnodai-Michikiri-Tsujikiri-Snake.JPG
こちらは別の場所の大蛇
shirononagori-Satomi-Gargen.JPG
江戸川沿いの道から里見公園へ入ってすぐの場所(公園の南西隅)です。
Shirononagori-Rakan-no-I.JPG
こちらの『羅漢の井』のすぐそばです。


<北側>
Kohnodai-Tsuji.JPG
Kohnodai-Snake-Face.JPG
こちらは天満宮から見て北東に位置する大蛇。天満宮から歩いてすぐの場所です。私の訪問は2月上旬ですので、備え付けられてからまだひと月以内の比較的新しい状態です。

<東側>
Kohnodai--Michikiri-Snake.JPG
Village-Entrance-Last.JPG
こちらは大きな通り(松戸街道)に面しています。これで四体すべて確認できました。


日本では古くから「怪しいものは境界からやってくる」といった考え方が広く浸透していたようで、道切り(辻切り)の習慣に限らず、石仏などが村境に設けられている例をよく目にします。現代とは異なり、暮らしの場から遠くに出かけるという機会は滅多になかったわけですから、日々を脅かすものは外からやってくるという感覚も、何となく解るような気がしますね。道切り(辻切り)という習慣は、日本人の実生活を背景に生まれたわけですから、日本らしさがこもった文化といえます。分かったようなことは言いたくありませんが、国府台への訪問で、それをほんのちょっとだけ感じることはできまた。

ということで
国府台の道切り(辻切り)のご紹介でした。

最後に
今回は国府台天満宮で行われる辻切り行事を実際に見学したことのあるMさんにご案内頂きました。私にとっては、街探索で時々ご一緒させて頂いているお仲間です。地図まで用意頂き、非常に効率的に四体の大蛇を確認することができました。ありがとうございます。同時に、辻切りの保存会の皆様にも感謝申し上げます。とても有意義な訪問となりました。

Kohnodai-Shrine-Tenmangu.JPG

■訪問:国府台天満宮
(大蛇はその周辺)
[千葉県市川市国府台]3-11
タグ:道切り
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2021年01月11日

村境の道切り 清瀬市下宿のフセギ

今回は清瀬市の道切りのお話です。

<清瀬市の道切り>
MichikiriKiyose (2).JPG
ここはかつての村の入り口です

■道切り■みちきり
はやり病や悪霊などが入ってこないように、村の出入り口に縄を張ったり、札を掲げたりする『道切り』という習慣。いまはあまり見かけませんが、かつては日本各地で行われていました。呼び方は場所によって異なり『辻切り』という呼び名もよく耳にします。

■清瀬市下宿のふせぎ■
今回訪問した場所では『ふせぎ』と呼ばれていました。
<ふせぎ>
MichikiriKiyose (7).JPG
ここは清瀬市下宿。二本の大木の間に藁細工の大蛇が掛けられています。

<設置場所>
MichikiriKiyose (8).JPG
この地点がかつての村の内と外の堺ということです。そして、はやり病や悪い霊が侵入せぬよう地元の皆さんが祈願する場所。『ふせぎ』は防ぐからきた呼び名と受け止めました。

<大蛇>
MichikiriKiyose (9).JPG
かなり重厚な藁細工です。丈夫そうな木に掛けてありますが、かなりの重労働と思われます。男手が集まって縄を掛けるのでしょう。

<青面金剛>しょうめんこんごう
MichikiriKiyose (4).JPG
大蛇の注連縄が掛けられている木の横には青面金剛像と思われる塔がひっそりと。庚申塔も災いが入らぬよう村境に建てられていることが多いですね。

<庚申塔と道切り>
MichikiriKiyose (5).JPG
二つ揃うといかにも村境という光景です

<説明板>
MichikiriKiyose (1).JPG
説明板には東京都指定無形民俗文化財(風俗慣習)と記されています。江戸時代の終わり頃からいまに受け継がれているようです。あと地名の下宿ですが、私は『しもじゅく』と読みましたが『したじゅく』と読むようです。

以下は清瀬市のホームページの説明です。一部をそのまま転記させて頂きます
『毎年5月3日午後1時から行われる下宿「ふせぎ」は、清瀬に古くから伝わる伝統行事です。この日、円通寺へ通ずる観音坂にある二本の大木の間に、村に悪い虫や病が入ってくるのを「ふせぐ」ために全長20mほどもある大きなわらの大蛇がかけられます。わらの大蛇は、地域の人々により円通寺の長屋門の下で毎年新しく作り替えられます。』
とのこと。保存会の皆様の尽力で、いまも伝統行事として受け継がれていることも記されていました。私の住む場所では見られない光景。ありがたいです。

MichikiriKiyose (3).JPG
ホームページの画像を見ると、木にかけられたばかりの大蛇は、もう少し顔がはっきりしています。風雪にさらされ、ちょっと形は崩れかけていますが、逆にここでずっと災いを防ぎ続けてきた雄姿に見えなくもありません。このスケールの大蛇はここ一カ所のみですが、かつての村(清戸下宿村)の出入り口14カ所に小さな蛇が取り付けられているそうです。大小関係なく、役割は同じですね。

<円通寺>
sn508kiyose (1).JPG
かつての村の入り口から中へ進むと、説明にあった円通寺が見えてきます。清瀬で最も古いお寺です。

<山門>
sn508kiyose (2).JPG
南北朝時代に開かれたと伝わる真言宗豊山派の古刹

<鐘楼>
sn508kiyose (3).JPG

<本堂>
sn508kiyose (4).JPG
新田義貞の弟(脇屋義助)が鎌倉から持ち帰った観音像所蔵の寺院

<長屋門>
sn508kiyose (5).JPG
藁の大蛇はこちらで毎年新しくものに作り替えられます。本尊だけではなく、この立派な長屋門も清瀬市の文化財に指定されています。

<旧清戸下宿村>
sn508kiyose (6).JPG
のどかな道でありながら、人の暮らしが醸し出す文化が漂います

<柳瀬川>
sn508kiyose2.JPG
こちらは北を流れる柳瀬川です。下宿は水の恩恵を受けることで、古くから人の営みがあった場所です。長い長い歴史のなかで、いつしか『ふせぎ』という文化が村に根付いたわけですね。そして、それがいまでも継承されている。素晴らしいことですね。

ということで
清瀬市の道切りのお話でした。

<観音坂>
MichikiriKiyose (6).JPG
よそ者がお邪魔しました。

■訪問:清瀬市の道切り
(下宿のフセギ)
[東京都清瀬市下宿]

■参考及び出典元
[清瀬市ホームページ]
タグ:道切り
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2021年01月01日

2021年(令和3年)の幕開け さいたま市の道場天満宮にて

今年は丑年ということで、新年を迎えるに当たり天満宮の話でブログをスタートさせて頂きます。

<牛>
shirononagori507 (4).JPG
鳥居脇の牛さん

<道場天満宮>どうじょう
道場天満宮.JPG
ここは埼玉県さいたま市の『道場天満宮』です。かつてこの付近に鎌倉幕府の御家人・畠山重忠の館があったとされる場所です。

<社殿>
shirononagori507 (2).JPG
この地の天満宮の創建年代は不詳ですが、お隣の『金剛寺』境内に古くから祀られていたとされています。

<金剛寺>
shirononagori507 (3).JPG
今回は省略しますが、金剛寺にはこの地を領した重忠にまつわる話が伝わります。

さて
天満宮とは、すなわち菅原道真を祭神とする神社ですね。そして菅原道真といえば学問の神。そこまでは一般的ですが、どうして牛が登場するのかはあまり知られていません。

shirononagori507 (1).JPG

菅原道真と牛?

あまり世間一般に広まらないのは、諸説あってはっきりしないからでしょう。菅原道真が生まれた年?亡くなった年?あるいは道真の遺骸を運んだ牛車にまつわるお話等々。絶対にこうだという理由がないのです。しかし天満宮と言えば牛ということを、皆が当たり前に受け入れている。不確かさを容認しながらご利益とともに受け入れてしまうのが、我々日本人の良さのようにも感じてしまいます。

<撫で牛>なでうし
shirononagori507 (5).JPG
撫でるとご利益があるとされています。皆が撫ぜるからでしょうか?ピカピカの状態です。


新たな歳となりましたが、昨年感染拡大した新型コロナウィルスの影響はまだ続いています。不確かさを受け入れて、その範囲内でどう振舞えば少しでもマシになるのか、考えていくしかありませんね。2021年が、昨年よりは過ごしやすくなったと思える歳でありますように。

2021年1月 元旦

■訪問:道場天満宮
[さいたま市桜区道場]


畠山重忠の館跡として訪問した記録は以下になります。拙い内容ですが、良かったら覗いてみて下さい

■道場館跡■
shirononagori300 (1).jpg
→『記事へすすむ



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2020年12月31日

道切りに込められた思い(蓮田市)伊豆島の大蛇

日本に古くからある「道切り(みちきり)」という習慣をご存じでしょうか?はやり病や悪霊などが入ってこないように、村の出入り口に縄を張ったり、札を掲げたりする習慣です。「辻切り」などとも呼ばれます。適切な解釈かどうかわかりませんが、いわば『結界をはる』のと同じと思われます。

数年前の話になりますが、この『道切り』の習慣をいまに受け継いでいるところがあると聞き、埼玉県蓮田市に足を運んだことがあります。以下はその時に撮影した画像です。

<蓮田の道切り>みちきり
michikiri (hasuda).jpg
ここは蓮田市黒浜。道切りにもいろんな方法がありますが、黒浜では藁細工の大蛇が設けられています。この地点が内と外の堺ということですね。

<伊豆島の大蛇>いずしまのだいじゃ
michikiri (kurohama)2.jpg
蓮田市のホームページの説明をそのまま使用させて頂きますと『民俗行事の一つで、春祈祷(はるきとう)に関連する厄除け行事』です。市の指定無形民俗文化財となっています。設置の方法ですが『注連縄と同じ「左巻き」に撚って作られています。藁で全長約2メートルに作り上げられた大蛇は、「破竹(はちく)」と呼ばれる竹に刺し、現在は3ヶ所に立てられています』とのこと。受け継がれた作法があるわけですね。

<別な場所>
michikiri (kurohama)3.jpg
別の場で撮影。出入りできるところは一つではありませんからね。

この付近で写真を撮っていたら、地元の男性に声を掛けて頂きました。お話を伺うと、毎年5月初旬に新しいものに付け代わるとのこと。私の訪問はその直前でした。1年間で最も疲れた状態の大蛇を撮影したことになります。


<付近の様子>
michikiri-motoarakawa.jpg
ここは元荒川沿い(左岸)

<久伊豆神社>ひさいずじじゃ
michikiri (kurohamahisaizu).jpg
こちらは黒浜の久伊豆神社です。元荒川流域を中心に分布している神社です。奥の本殿は蓮田市指定文化財に指定されています。

<村社>
kurohamahisaizu.jpg
鳥居隣の石碑には『村社』の文字。 かつての黒浜村の村社ということですね。

<説明板>
kurohamahisaizu5.jpg
こちらの説明板によれば『室町時代の享禄年間(1528年〜1532年)に騎西町の玉敷神社より』勧請したことが起源とのこと。つまり、ここ黒浜はそんな古くから人が暮らしていた場所ということ。その営みのなかで、いつしか『道切り』の習慣が定着したのですね。


医学がいまほど発達していなかった頃、疫病の蔓延は地震や火事以上に怖れられていたかもしれません。病そのものは目に見えませんからね。薬は勿論、感染への対策もいまほど確立されていません。一人の発症から始まり、村が全滅することだってあり得ます。

そんな災いが、自分たちの暮らしの場に入り込みませんように

道切りの習慣には、はやり病に日本人がどう向き合ってきたがかえまみえる気がします。災いが入り込むことを防ぐため、皆が力を合わせて村の堺に道切りを設け、願いを込めた。蓮田市黒沢への訪問で、古くから今日まで繋いできたそんな思いをちょっとだけ感じることができまた。

michikiri (kurohama).jpg

2020年は新型コロナウイルスに翻弄される一年でした。むかしの人たちが道切りに込めた願い。そして行動。我々が今まさに大切にしなくてはいけないことなのかもしれません。

2020年12年31日

■訪問:蓮田市の道切り
(伊豆島の大蛇)
[埼玉県蓮田市大字黒浜]
■参考及び出典元
[蓮田市ホームページ]
タグ:道切り
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2020年12月30日

活動自粛の2020年 地元の魅力に気付いた歳

2020年は新型コロナウイルス抜きには語れない歳となってしまいました。未知数のウィルスに対抗すべく、春頃には外出自粛という言葉が飛び交い、私も仕事以外は地元から離れない日が続きました。

引きこもりにやや疲れた頃、「県を跨ぐ移動はやめておこう」という世間の機運をいいように解釈して、県内に限定した探索を再開しました。始めてみれば、地元も知らないことばかり。特に岩槻には大変お世話になりました。

<岩槻城址公園>
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通路になった堀跡

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かつての出丸

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かつての巨大濠

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道灌橋

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かつての城門

城のなごりが漂う素晴らしい公園です

城跡だけではなく街中もてくてくと

<時の鐘>
shirononagori470 (1).jpg

<龍門寺>
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<富士浅間神社>ふじせんげんじんじゃ
shirononagori460a.jpg

<知楽院>
sn461 (2).jpg

遠くに行かなくても、興味さえ持てば素敵な場所はいくらでもあるものです

5月下旬には緊急事態宣言が解除。6月には県堺を越える移動の自粛も解除されましたが、地元も面白いということに気付き、夏になっても岩槻通いを続けました。

<新曲輪橋>
shirononagori462 (1).jpg
そういえば人形の町だった

<裏小路公園>
shirononagori469 (2).jpg
向日葵がまぶしい

<岩槻藩遷喬館>
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藩校のなごり

<暗渠>あんきょ
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これは堀のなごり

<岩槻愛宕神社>いわつきあたごじんじゃ
shirononagori433 a.jpg
神社だから壊されなかった土塁

<湧き水>
withikousanLast (3).jpg
低層の台地から湧き出る水

<真福寺貝塚>しんぷくじかいづか
iwakaizuka (6).jpg
埼玉の岩槻まで海だった証

<玄奘塔>
shirononagori456a (7).jpg
三蔵法師の分骨が岩槻に


秋になって県境を数回跨がせて頂きましたが、それ以外はひたすら県内の『郊外』を歩き回りました。岩槻以外にも川口市・川越市・朝霞市・新座市などなど。もちろん不便さも感じてはいます。でも、2020年は『地元を再認識する歳だったのだ』と思うことにします。実際に出会えた事柄ひとつひとつに感謝し、今年を終わらせたいと思います。

2020年12月30日


■岩槻関連記事■
以下はマスクをして訪問した岩槻に関する投稿の一部です。全て2020年の訪問です。良かったら覗いてみて下さい。

岩槻城のなごり
→『記事へすすむ
静かに佇む城のなごり(岩槻城)
→『記事へすすむ
城下町岩槻の武家屋敷通り
→『記事へすすむ
元荒川沿いの鍛冶曲輪(岩槻城)
→『記事へすすむ
暗渠と城跡26 堀跡を歩く
→『記事へすすむ
岩槻の低い丘と浅い谷
→『記事へすすむ
玄奘塔
→『記事へすすむ



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■自粛関連記事■
活動自粛の夏(2020年)
shirononagori441 (2).JPG
→『記事へすすむ

外出自粛の春(2020年)
shirononagori423 (2).jpg
→『記事へすすむ
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2020年07月11日

活動自粛の夏(2020年)訪問済の城跡でブログ更新中

2020年は新型コロナウイルスの影響でほとんど城巡りをしていません。『緊急事態宣言』は解除されましたし、県境をまたぐ移動自粛も解除はされていますが、まだ自由に旅したりする雰囲気ではありません。

<高天神城跡>
shirononagori441 (2).JPG
ここ何回かに分けて投稿させて頂いたこの城も、実際には昨年の訪問です。この時は諏訪原城とセットでの訪問でした。

<諏訪原城跡>
shirononagori360g.JPG
こちらについては昨年投稿済です

私の城跡巡りはほぼ独り。ただ時々お仲間と訪問することもあります。この時も会社のお仲間2人と。運転の上手な両名に助けられ、貴重な体験をすることができました。

<高天神城にて>
sn438d.JPG
shirononagori445b (1).JPG
shirononagori445a.JPG
自分も含め、あまり人の画像は投稿しないようにしていますが、今回は特別に。後ろ姿ならOKというご本人たちの了承も得ています。登ったり下りたり、こんなのに付き合ってくれる友人は稀です。感謝しています。


移動自粛は解除されましたが、コロナの影響そのものは長引くような気がしています。人に迷惑とならないよう今後も自主的に注意を払うつもりですが、長期の構えになることを考えれば、様子をみながら、そろそろ活動を再開しようかと思っています。そもそも城跡は人が少ないですし、私はもともと単独行動が基本なので。

ただ、とりあえずはひっそりと活動を開始しますが、またいつか、お仲間と語り合いながら城を訪問してみたいですね。早くそういう時が訪れますように。

shirononagori445b (2).JPG
[撮影:高天神城跡(掛川市)]

2020年7月11日


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2020年05月15日

米沢特有の墓石 万年塔

万年塔
今回は米沢独特の墓石のお話です。

shirinonagori431 (6).JPG
庭園用ではなく墓石です
[撮影:林泉寺]

中が空洞となっている立方体の石の上に、屋根をのせた形をしています。側面には規則正しく開けられた穴。ここ林泉寺に限らず、米沢ではよく見かけるお墓の形で『万年塔』と呼ばれています。

sn431.JPG
[撮影:普門院]


■直江兼続考案■
万年塔はあの直江兼続により考案されました。独特の形で見た目も良いですが、実はかなり機能を意識して造られています。

お墓で機能?

●戦に備える
<米沢城本丸跡>
shirononagori389 (5).JPG

万年塔が考案された正確な時期はわかりませんが、直江兼続が米沢と関わりを持つのは戦国末期から江戸初期です。まだ緊張状態は続いています。万年塔は、有事ともなれば屋根を外し、積み上げて防護壁とすることを想定していました。

徳川家康を敵に回した代償として、上杉家は会津120万石から出羽米沢30万石へ減移封となりましたが、直江兼続は城下町や新田開発に力を注ぐ一方で、山中で密かに鉄砲を鍛造させるなど、新たな戦を意識していたようです。米沢に限らず、江戸時代初期とはそういう時代なのかもしれませんね。

●氾濫に備える
<松川>
sn431b.jpg
米沢市内を流れる松川

今でこそ整備されている松川ですが、昔はよく氾濫する川だったそうです。万年塔は洪水の際には土を詰め、土嚢とすることも想定していたようです。丈夫でありながら中身が空洞なため、運び安かったかもしれませんね。


最後に
考案者である兼続の墓所をご紹介します。

<林泉寺>
shirinonagori431 (2).JPG
米沢市の春日山林泉寺です。米沢藩主の奥方や重臣たちの墓があることで知られています。

<直江兼続の墓>
shirinonagori431 (3).JPG
こちらが直江お墓です。
sn431ad.jpg
左が兼続で右はお船のお墓。夫婦で同じ形の万年塔です。この時代に男女が同じ場所に並べられている例は珍しいですね。

ということで
米沢独特の墓石のご紹介でした。

あくまで個人的な感覚の問題ですが、当ブログではお墓そのものの掲載は極力避けております。ただ、今回は米沢らしさを共有させて頂きたく、そのまま掲載させて頂きました。

shirinonagori431 (5).JPG
[撮影:林泉寺]
タグ:山形への旅
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