2017年12月21日
旧優生保護法に基づいて障害者らに行われた強制的な不妊手術に関する
旧優生保護法に基づいて障害者らに行われた強制的な不妊手術に関する、約半世紀前の公文書約80件分が神奈川県立公文書館で見つかった。「育児能力がない」といった偏見や病気を根拠に、手術の適否を審査した状況が具体的に記されている。こうした内容が、実際に用いられた行政資料で公になったのは初めてだ。
文書は同県優生保護審査会に提出された1962年度38件、70年度10件の手術申請書などと、63年度に実施された34件の手術費明細書など。立命館大生存学研究センターの利光恵子・客員研究員が見つけて分析し、10月に神戸市であった障害学会で発表した。
「不良な子孫の出生を防止する」ことを目的にした同法は、遺伝性とされた病気、精神障害や知的障害のある人に、本人同意なしの不妊手術を認めていた。「公益上必要」などと医師が判断した場合、都道府県の優生保護審査会に申請した。
見つかった申請書や検診録には成育歴や症状が書かれ、何代にもわたる親族の病気や職業を調べた家系図も添えられていた。
知的障害のある10代女性の場合、申請理由に「月経の後始末も出来ない」「一日中座位、幼児の如(ごと)く遊んでいるが、時々興奮、粗暴行為あり」とあった。別の知的障害の女性は子どもがおり、「これ以上生まれては、益々(ますます)生活困窮する」。「仕事熱心で成績は優秀」な男性は、統合失調症を発症した半年後、手術が必要だと判断された。
ログイン前の続きさらに医師は家族の意見として「両親は病弱であり将来を考え、手術を希望」「育児能力はないと思われる」「一般社会の人にも迷惑がかかることを心配したもの。母親、兄妹全員が手術に賛成」と書き添えていた。
また、法が認めた不妊手術は卵管や精管を結ぶ方法などに限られるが、手術費の明細から卵巣を摘出した例も判明した。
文書を分析した利光さんは、「子どもを育てられないといった差別や偏見を前提に、生殖機能を奪うという人権侵害が粛々と進められたことにがくぜんとする」という。
東京大大学院の市野川容孝教授(医療社会学)は、障害者が子どもを育てるための支援が整っていない中、「本人のため」だとして手術が行われた可能性がある、と指摘。「社会的な理由が優生政策に結びつけられることを、記録で裏付けた。被害者や関係者をたどり、実態解明につなげなくてはならない」と話す。
被害者救済を阻んでいるのは、行政資料が破棄・紛失されていることだ。宮城県の60代の女性は県に請求し、今年7月、15歳で手術された記録の開示を受けた。本人が記録を入手できた唯一の例とみられる。
女性は国に謝罪と賠償を求め、来年1月にも提訴する。弁護団によると、こうした手術の違憲性を問う全国初の訴訟という。
「不良な子孫の出生を防止する」ことを目的とする優生保護法のもと、いかに障害者の人権を無視した強制的な不妊手術が進められたのか。神奈川県立公文書館に残っていた文書は、その実態をありありと示している。
「独立した社会的生活を営むことは困難である」。手術の申請理由に、そう書かれた重度知的障害の女性がいた。
性的な被害に遭ったり、加害者になったりする不安を挙げた例もある。「他人に対する警戒心が全くないので被害を受ける可能性は充分(じゅうぶん)考えられる」「何か間違いでも起こしてはとの心配」などだ。
同県優生保護審査会に提出された申請書などによると、1962年度に強制不妊手術の実施を認めた38件のうち、34件は女性が対象だった。申請理由別では、遺伝性疾患が11件、遺伝性でない精神疾患や知的障害が27件だった。70年度に実施を認めた10件はいずれも遺伝性でない精神疾患などで、8件が女性を対象としていた。
63年度の手術費明細などには、術後、持続的に発熱した例や、手術前後に感情が不安定になった例が報告されていた。手術が心身に与えた影響がうかがえる。
優生保護統計などによると、こうした強制不妊手術は約1万6500件行われたとされる。だが、声を上げる被害者は少なく、詳しい実態はわかっていない。
優生保護法は国内外の批判を受けて96年、優生という文言や強制不妊手術の規定を削除し、「母体保護法」に改定された。97年には市民団体「優生手術に対する謝罪を求める会」が発足し、国に実態解明などを求めてきた。国連人権委員会は98年、強制不妊手術の対象者に補償をするよう日本政府に勧告した。
「生きているうちに謝罪と補償をしてほしい」。宮城県の女性(71)は、知的障害があるとして16歳のときに知らぬ間に不妊手術をされたと訴え、2015年、日本弁護士連合会に人権救済を申し立てた。日弁連は今年2月、国に対して不妊手術などの被害者への謝罪や実態調査を求める意見書を出した。
国連女子差別撤廃委員会も16年3月、日本政府に被害の実態調査や補償を勧告している。だが、いずれも国は「当時は適法だった」などとして、応じていない。
◇
〈強制不妊手術〉 1948年施行の旧優生保護法で定められた。遺伝性疾患や、遺伝性ではない精神疾患や知的障害のある人について、医師が申請し、審査会の決定などを条件に実施が認められていた。いずれも本人の同意は不要。優生保護統計などによると49〜92年に全国で計約1万6500件(神奈川県は403件)実施された。同法は96年、優生思想に基づく規定を削除し「母体保護法」に改められた。
2017年12月16日 朝日新聞
文書は同県優生保護審査会に提出された1962年度38件、70年度10件の手術申請書などと、63年度に実施された34件の手術費明細書など。立命館大生存学研究センターの利光恵子・客員研究員が見つけて分析し、10月に神戸市であった障害学会で発表した。
「不良な子孫の出生を防止する」ことを目的にした同法は、遺伝性とされた病気、精神障害や知的障害のある人に、本人同意なしの不妊手術を認めていた。「公益上必要」などと医師が判断した場合、都道府県の優生保護審査会に申請した。
見つかった申請書や検診録には成育歴や症状が書かれ、何代にもわたる親族の病気や職業を調べた家系図も添えられていた。
知的障害のある10代女性の場合、申請理由に「月経の後始末も出来ない」「一日中座位、幼児の如(ごと)く遊んでいるが、時々興奮、粗暴行為あり」とあった。別の知的障害の女性は子どもがおり、「これ以上生まれては、益々(ますます)生活困窮する」。「仕事熱心で成績は優秀」な男性は、統合失調症を発症した半年後、手術が必要だと判断された。
ログイン前の続きさらに医師は家族の意見として「両親は病弱であり将来を考え、手術を希望」「育児能力はないと思われる」「一般社会の人にも迷惑がかかることを心配したもの。母親、兄妹全員が手術に賛成」と書き添えていた。
また、法が認めた不妊手術は卵管や精管を結ぶ方法などに限られるが、手術費の明細から卵巣を摘出した例も判明した。
文書を分析した利光さんは、「子どもを育てられないといった差別や偏見を前提に、生殖機能を奪うという人権侵害が粛々と進められたことにがくぜんとする」という。
東京大大学院の市野川容孝教授(医療社会学)は、障害者が子どもを育てるための支援が整っていない中、「本人のため」だとして手術が行われた可能性がある、と指摘。「社会的な理由が優生政策に結びつけられることを、記録で裏付けた。被害者や関係者をたどり、実態解明につなげなくてはならない」と話す。
被害者救済を阻んでいるのは、行政資料が破棄・紛失されていることだ。宮城県の60代の女性は県に請求し、今年7月、15歳で手術された記録の開示を受けた。本人が記録を入手できた唯一の例とみられる。
女性は国に謝罪と賠償を求め、来年1月にも提訴する。弁護団によると、こうした手術の違憲性を問う全国初の訴訟という。
「不良な子孫の出生を防止する」ことを目的とする優生保護法のもと、いかに障害者の人権を無視した強制的な不妊手術が進められたのか。神奈川県立公文書館に残っていた文書は、その実態をありありと示している。
「独立した社会的生活を営むことは困難である」。手術の申請理由に、そう書かれた重度知的障害の女性がいた。
性的な被害に遭ったり、加害者になったりする不安を挙げた例もある。「他人に対する警戒心が全くないので被害を受ける可能性は充分(じゅうぶん)考えられる」「何か間違いでも起こしてはとの心配」などだ。
同県優生保護審査会に提出された申請書などによると、1962年度に強制不妊手術の実施を認めた38件のうち、34件は女性が対象だった。申請理由別では、遺伝性疾患が11件、遺伝性でない精神疾患や知的障害が27件だった。70年度に実施を認めた10件はいずれも遺伝性でない精神疾患などで、8件が女性を対象としていた。
63年度の手術費明細などには、術後、持続的に発熱した例や、手術前後に感情が不安定になった例が報告されていた。手術が心身に与えた影響がうかがえる。
優生保護統計などによると、こうした強制不妊手術は約1万6500件行われたとされる。だが、声を上げる被害者は少なく、詳しい実態はわかっていない。
優生保護法は国内外の批判を受けて96年、優生という文言や強制不妊手術の規定を削除し、「母体保護法」に改定された。97年には市民団体「優生手術に対する謝罪を求める会」が発足し、国に実態解明などを求めてきた。国連人権委員会は98年、強制不妊手術の対象者に補償をするよう日本政府に勧告した。
「生きているうちに謝罪と補償をしてほしい」。宮城県の女性(71)は、知的障害があるとして16歳のときに知らぬ間に不妊手術をされたと訴え、2015年、日本弁護士連合会に人権救済を申し立てた。日弁連は今年2月、国に対して不妊手術などの被害者への謝罪や実態調査を求める意見書を出した。
国連女子差別撤廃委員会も16年3月、日本政府に被害の実態調査や補償を勧告している。だが、いずれも国は「当時は適法だった」などとして、応じていない。
◇
〈強制不妊手術〉 1948年施行の旧優生保護法で定められた。遺伝性疾患や、遺伝性ではない精神疾患や知的障害のある人について、医師が申請し、審査会の決定などを条件に実施が認められていた。いずれも本人の同意は不要。優生保護統計などによると49〜92年に全国で計約1万6500件(神奈川県は403件)実施された。同法は96年、優生思想に基づく規定を削除し「母体保護法」に改められた。
2017年12月16日 朝日新聞