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阪神淡路大震災に思う


 数日前より巷では阪神淡路大震災で持ちきり、今日は被災20年目、
朝から各局が追悼関連の報道。
この雰囲気で喜びや気楽なブログ投稿に気が引けていました。
先ず追悼の気持ちを伝えるべきであると分かっているのです。
嬉しい事は伝え方を誤ったり、誤解を招いても気楽である。
しかし被災者を慰める、亡くなった方への追悼となると難しい。

 私の母も震災当時は神戸市に一人住まいであった。
私は、転勤先の札幌で街の炎上や道路の決壊など悲惨な光景をテレビでみる。
電話をしても繋がらない、すぐに会社へ行き3本の電話を掛けっぱなしに心配は頂点。
幸い母は無事で「お父さんがビックリして転がったよ」と明るい言葉にホット。
父はその数年前に亡くなり、転がったのは仏壇の位牌です。
敗戦を中国で迎え、戦後引上げ激動を生き抜いた母は実に強い。

 災難は太古の昔から繰返され、科学の進んだ現代もこれからも続く事でしょう。
そのたびに犠牲者が出ます、これも避けられない事実です。
避けえぬ事とすれば、その被害に遭遇した方々のお陰で我々は助かっていると思う。
努力により云々出来ない、誰かが犠牲になり、それを引き受けてくれるのだ。
引受けてもらったお陰で日々を安穏に暮してる、感謝、感謝です。

亡くなられた方々のご冥福と多くの被災者のこれからを思い、
一歩でも安寧へと歩まれん事を祈ります。


茶たろう


  昨夜10時過ぎに息子夫婦よりスカイプ。
13週を迎えた孫共々、元気との事。バンザイである。
茶たろうの様子を動画で見せてもらった、身長は標準より大きいそうである。
おっと「茶たろう」とは、お腹の中の赤ちゃんの愛称です。
赤ちゃんと呼ぶのも「私の」が無いと個を表しにくい為に考えた様だ。
可愛いではないか、愛称とはいえ、女の子だったらどう言訳するの、ニヤケてるジイジです。
検診で、超音波撮影した茶たろうの様子を、スマホに撮り、クラウドを利用してもう一台のパソコンへ動画で
送信してくれた。それを見ながら双方の会話が弾む。
  最初は眠ってたが動き出すと、手足は勿論、指や肋骨までわかり、
新たな生命の息吹を感じる。ありがたや、ありがたやである。
最後に息子より「Java、毎日やってるか」と、「やってる」と返事。(息子はJavaの師匠です)
茶たろうと母親の食欲回復を願って筆を置きます。
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