2021年12月21日
2021年12月21日
最悪の日
先週の金土日と三日連続で今年最後の仕事が入った。
何時もの新築マンションの内覧会での機械式駐車場の説明。
最悪の日は、中日の土曜日。
朝8時過ぎに京都市北部の地下鉄終点の一つ手前に着く。
地上に上ると目の前に雪景色、15分程歩く間も小雪がちらつき、道路には屋根に雪を乗せた車も走っている。仕事をした機械式駐車場を背に撮った景色、寒そうでしょう。
機械式駐車場の最上階には雪が3p程積もっている。
鉄板の上に雪、お客が滑って転んでは大変とまず雪さらえ。良い運動となり体は温まる、しかしその後、半日ほどここで客を待つ。
カイロは股下に2枚、ズボンの後ポケットに2枚、足のつま先に2枚と防寒対策をするが、時々吹く風の冷たい事。
用意してくれた椅子にはカイロを2枚敷いたが長くは座って居れぬ。
帰宅後に気付いたが、持病の痔が再発しケツから出血、洒落てる場合でない最悪の日だった。
投稿者:ひろあき|20:06
2021年12月15日
回転寿司
2021年12月12日
大門寺
2021年12月11日
静かな散歩道
2021年12月11日
お寺にD51
2021年12月07日
神應寺(じんのうじ)
2021年12月06日
三川合流
下の写真は上の赤線で囲った部分を拡大。
左に宇治川を「よどがわ」と表記。右の「木津川」は正解
道に迷った三川合流地帯を再度訪問、楽々と到着。
前回見上げただけの「さくらであい館」に上る。
高さ28mから360度の展望は素晴らしい。
天王山をバックに、三川の中の木津川と宇治川が望め、
その間を背割提と呼び桜がびっしり。
春には絶対来ねばと、桜好きの女房が叫ぶ。
一階では学習室やイベント会場、野菜や弁当の販売、サイクリング客で賑わっていた。
三川合流地点より上流に在り、この地点では桂川を含めチャンと3本に分れている。
しかし、川に立つ標識には真ん中の宇治川に【よどがわ】の表示。
「おかしいのでは・・」と観光案内人に訊ねると、
「よく気が付きましたね」と褒められた。
2021年12月04日
言志四録
言志四録
「言志四録」げんししろくと読む講談社より出版。
この本に興味をもったのは作者が佐藤一斎。
一斎に興味を持ったのは岩村城見学の時に歩いた城下町である。
貧富の差がなさそうな町は整然としている、驚いたのはトイレ。
歴史資料館、町の公衆トイレ、全て見事に清掃され、手洗い場には固形せっけんとプッシュ型容器に入った液体せっけんがキチンと並んでいるところもあった。
軒先には揃いの暖簾が掛かり、町の結束が見られる。
家々には一斎の精神を示す文が書かれた板(写真の赤丸)がかかっていた。
至る所に見られる一斎の言葉が、この町に影響したのではと。帰宅後早速、一斎の書物を読んだ。1772年生れの美濃岩村藩の儒学者で、私には苦手な文章で苦労した。
数ある中から一つ紹介
身には老少有れども、而も心には老少無し。
気には老少有れども、而も理には老少無し。
須らく能く老少無きの心を執りて、以て老少無きの理を体すべし。
訳文:人間の体には年寄りと少年の別はあっても、心には老少はない。
体の働きには老少が有っても、道理には老少はない。
是非とも、年寄りだの、若者だということのない心をもって、万古に変らない、
老少のない道理を体得しなければならない。
真に難しい言葉であるが、大陸生まれの万年青年もそうありたい。
投稿者:ひろあき|08:23
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