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2021年02月11日

向津媛(瀬織津姫)を祀る【田手神社(太神宮)】佐賀県神埼郡吉野ヶ里町



田手神社は、
約千三百年前、杉野隼人が願い出ること三十三回にて、
天智天皇筑後に暫く皇居された時、清浄晴沙の地を選んで、
この地に皇太神宮、撞賢木厳之御魂向津媛命(天照皇太神宮)を勧請し、
荘厳な 一宇を建立された。

その後、時代の変遷と共に、
一時荒廃を招いた事もありますが、
亀山天皇の文応元年(1260)に至り、
第九代当主 杉野十郎熙伝は神夢をさずかり、
伊勢神宮(三重県)より神璽、瑤鏡、宝剣の三種の神器を賜り
神社再興を果たした。

天丈の頃、疱瘡(ほうそう)大流行の時、多くの人が悩んだときも、
御神徳により平癒した者が多かったので疱瘡(ほうそう)神として
霊威が諸国に伝わり、遠方より参詣する人が多く、
神前市をなす程であった。

その後明治四十二年
大字田手内の天満宮、八幡宮、若宮社等六社を合祀し、
応仁天皇、管原道真、仁徳天皇を祭神(追加)とし今日に至っている。

その御神徳は、
家内安全、病気平癒、学業成就、安産、商売繁盛、
交通安全等多方面におよび、
現在では健康太神宮として親しまれている。

御祭神
撞賢木厳之御魂天疎向津媛
(つきさかきいつのみたまあまさかるむかつひめ)

合祀神
応神天皇、管原道真、仁徳天皇

向津媛は『ホツマツタエ』では瀬織津姫の別名とされ、
廣田神社(兵庫県西宮市)では、
天照大神の荒御魂(戦前の主祭神は瀬織津姫)
として祀られているため
向津媛は瀬織津姫と同神とされています。

鎮座地
佐賀県神埼郡吉野ヶ里町田手1527


posted by kohchan at 11:16 | TrackBack(0) | 佐賀県の神社

2021年02月10日

神功皇后ゆかりのお社 【鷹尾神社】 福岡県柳川市の神社




鷹尾神社の社伝によると
平安時代の貞観11年(869)に、
清和天皇の命によって創建されたと伝えられる
格調高い神社です。

応神天皇・仲哀天皇・神功皇后を御祭神とするこの神社は、
もともと鷹尾郷の郷社と考えられ、
平安末期には、筑後国一宮高良大社の別宮として、
京都の待賢門院を本家、徳大寺大納言家を領家とする
瀬高下庄の鎮守でした。

源頼朝が、諸国に守護・地頭を設置した
文治元年(1185年)の翌年6月、
鷹尾郷には、藤原家宗が地頭として任命されています。

文治5年(1189年)、鷹尾郷の地が、
待賢門院の御願寺である京都の円勝寺領の
鷹尾別府と呼ばれるようになっても、
鷹尾神社は、下庄の鎮守であった。

社の造営・修造は、
朝廷および鎌倉幕府・執権・室町管領、
鷹尾城主田尻氏、柳川藩主立花氏などの
下命(命令)によって行われ、南筑後有数の社として栄えています。
旧社格:県社

鎮座地
福岡県柳川市大和町鷹ノ尾317-1


posted by kohchan at 22:51 | TrackBack(0) | 福岡県の神社

神仏習合の姿を今に残す 日本六所弁財天の一社【脊振神社(脊振弁財天) 下宮】佐賀県神埼市



脊振山は、
佐賀県と福岡県の県境に位置する標高1055mの山で、
脊振山地最高峰の山です。

一説では
七福神の紅一点である弁財天を乗せて天竺から飛んできた龍が、
脊振山の上まで来て天に向かって三度いななき、
背中のギザギザした背びれを打ち振ったから
「脊振山」と名付けられたと伝えられています。

脊振神社(せふりじんじゃ)は、
標高1055mの背振山頂上に鎮座する上宮と、
中腹に鎮座する下宮からなっています。

日本六所弁財天(にほんろくしょべんざいてん)の一社で
「脊振弁財天」と称される創建の年代は不詳ですが、
神功皇后が新羅征討の節、海上安全祈願のため、
田心姫神(たごりひめのかみ)、
市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)、
湍津姫命(たぎつひめのかみ)の三神を奉斎したのが
創祀と伝えられています。

仏教が渡来すると、
市杵島姫命を始めとする三柱の神と弁財天が習合し、
唐へ渡った空海や最澄、円仁、円珍、
宋に渡った栄西など多くの人々が入山して
航海の安全を祈願したと伝えられています。

最盛期には
「背振千坊(せふりせんぼう)・嶽万坊(たけまんぼう)」と呼ばれ、
山岳仏教の一大拠点として栄えました。

『日本三代實録』の貞観12年(870)5月29日の条に
神階を授かったことが記されています。

その前後の貞観年中(859-877)厳寒積雪の中、
脊振山頂上で祭祀を執行うことが困難なため
下宮が建てられたとされています。

下宮には、神使とされる白蛇が、
石窟に住んでいることから尊崇され、
「はくじゃさん」とも称されています。

その白蛇神社は、
今も境内社の白蛇弁財天として奉斎されています。

神仏習合の昔は、
同一境内に下宮と多聞坊東門寺が並び立っていましたが、
明治期の廃仏毀釈を受け、社僧衆徒とを廃することとなり、
白蛇神社と改号。明治6年(1873)2月21日郷社に列せられ、
脊振神社となりました。

今も神仏習合の姿を残す日本六所弁財天の一社として、
五穀豊穣、開運、財運の神様として九州一円から崇敬を集めています。

御祭神
田心姫神、市杵島姫命、湍津姫命、弁財天

合祀された祭神
大山祇命、菅原道真、武内宿禰、吉備彦神、仁徳天皇、
水田兵庫守、科長津彦神、科長津姫神、猿田彦神、大国主神、
高經之霊、少彦名神、日本武尊、忍穂耳尊、厳島姫命、
多紀理毘賣命、多紀都毘賣命、狹依毘賣命、水波米命、手力雄命、
応神天皇、平将門、豊磐窓神、比盗_、八咫烏神、源義經、
十城別王、忍骨命

境内社
印鑰神社 御祭神:大己貴命
白蛇神社(白蛇弁財天) 御祭神:富主姫神

鎮座地
佐賀県神埼市脊振町服巻1455


posted by kohchan at 11:12 | TrackBack(0) | 佐賀県の神社
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