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2016年01月12日

別当塚古墳群

荒尾市北部に広がる本井手のなだらかの丘陵地帯には数多くの古墳が点在しています。
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ここは、この丘陵の北縁部にあたり、東から別当塚東古墳、
別当塚西古墳、亀原古墳と3基の古墳が並んでいる。

CIMG8960

亀原古墳
一部道路に削られて居ますが、直径約15m、現在高約2mで箱式石棺が置かれていた
6世紀後半から7世紀前半頃と推定

CIMG8957
CIMG8962

別当塚西古墳
直径約30m、高さ4mの円墳箱式石棺が置かれていたと思われ
又東墳より古い時代に造られたと推定されています。

CIMG0573
130306-145
CIMG0571

別当塚東古墳
直径約44m,高さ6mの円墳
墳丘には葺石と形象埴輪が認められる。
主体部は安山岩を割石小口積にした竪穴式石室とされているが
南側に入り口を持つ竪穴系横口式石室の可能性が高い

別当塚古墳群は5世紀の古墳群で、特に別当塚東古墳は竪穴式石室から横穴式石室への変遷など
古代墓制研究の資料として極めて重要です。

熊本県荒尾市本井手



posted by kohchan at 01:26 | TrackBack(0) | 古墳

2015年12月19日

有明海沿岸部 最大の前方後円墳 黒崎観世音塚古墳

黒崎観世音塚古墳(くろさきかんぜおんづかこふん)
墳長97m 前方後円墳
CIMG0230.JPGCIMG0233.JPG

大牟田市の北西部、黒崎山一帯は、従来から舟形石棺を多数出土した所で、
その多くが不時発見によるもので、出土地点や状況に不明な点が多く、
1992年、黒崎山一帯を大牟田市教育委員会で踏査したところ、黒崎公園の最高所、
観音堂がある辺りの地形が、前方後円墳状になることがわかり、
その後、周辺の草刈や測量調査を行ったところ、全長100メートルにも及ぶ前方後円墳であることが判明した。
CIMG0241.JPG前方部から後円部を望む

1994年から範囲や築造時期の確認調査が進み、墳長97メートル、後円部径68メートル、
高さ10メートルにも及び、出土した埴輪かた4世紀末の築造と考えられる。

主軸は東西に取り、前方部がほぼ西に向く。
この時期では有明海沿岸で最大の前方後円墳である。

墳丘は、本来山の上に、所によっては5メートルにも及ぶ盛り土をおこなって形作られ、
後円部には前方部上面よりつながる平坦面が巡り、ここに壺形埴輪や円筒埴輪が並べられ
また墳丘の裾には土止めとも思われる列石が巡っていた。
現在は崩れ落ちているものの、古墳の斜面には黒崎山北側で採れる結晶片岩を葺いている。
墳頂部では比較的扁平な割石を用い、上部を粘土で覆われた主体部の一部が二基確認された。
この割石は大牟田市の倉永茶臼塚古墳などでも使用された熊本市西側の金峰山三ノ岳産と考えられている。
CIMG0234.JPGCIMG0237.JPG

他にも、墳頂部からは三基の経塚も発見された。
1号経塚は、掘り込まれた穴の中に青銅製の経筒が収められ、板石で蓋がしてあった。

2号経塚が大きく攪乱を受けていたが、冬季の経筒の周りを石で囲んであった。

3号経塚は、筒の蓋はすでになく筒身のみ発見された。
いずれも銘文などはなかったが、12世紀もそう下らない時期のものと思われる。
これまで市内の経塚は岩本経塚しか知られてない。

黒崎観世音塚古墳は、甘木山の西端に突き出した黒崎山の最高所(標高57メートル)にあり、
有明海を一望できる位置にある。
1.jpg50.jpg


福岡県大牟田市大字岬 
黒崎公園

posted by kohchan at 19:27 | TrackBack(0) | 古墳

2015年01月17日

萩ノ尾古墳 福岡県大牟田市の装飾古墳

萩ノ尾古墳
CIMG0515.JPGCIMG0517.JPG

大牟田市の南部、福岡・熊本の県境。
一帯には阿蘇火山の火砕流堆積物である凝灰岩が広く分布し、
この古墳でも石材には凝灰岩が使用されている。

周辺では、眼下に全長45メートルの前方後円墳である「三ノ宮古墳」を望むことができ、
初期横穴式石室を持つ「別当塚東古墳」を含む別当塚古墳群がある。

現存はしていないが、有明高専の辺りはかつて
庄原古墳群があったところである。

萩ノ尾古墳は径19メートル、高さ4メートル程の円墳で、
2000年に行われた調査では周溝は確認されなかった
調査で出土した土器から、その築造年代は6世紀後半もかなり下る時代が想定される。

墳丘内部には西に開口した副室構造の横穴式石室が組まれている。

3.jpg52235b8e.jpg


玄室(遺体を安置した部屋)は平面長方形で、凝灰岩の巨大な一枚石を腰石に据え、
また玄室・全室の天井も巨大な一枚岩で覆われている。

奥壁には一枚の石棚が突き出し、その下にも一枚の板石が据えられている。

これは遺体を囲った「石屋形」の一部の可能性もある。

1c9278e0.jpghagi0.jpg

この奥壁には、赤色顔料で彩色された壁画が描かれている。

彩色は大きく二つの郡に分かれると思われ、
右上の一群はゴンドラ形の船が二艘とその間に中心を点を持つ
円文が上下に並ぶ。

左の船の下には楕円文も見える。

左下の一群には盾や弓とも見える装飾もあるが、基本的には円文や
三角文を基調とした幾何学文が描かれている。

かつては玄室の右壁にも装飾があったと伝えられるが、現在では確認できない。

石室が開口したのは古く、かつて玄室に祭られていた
石造の石座に元禄5(1692)年の銘が刻まれており、江戸時代には開口したものと思われる。

副葬品なども発見されいない。

萩ノ尾古墳は1961年、大牟田市で最初の国指定文化財となり、
その後教育委員会が石室の保存屋の設置や密閉工事など保存の手立てを講じてきた結果、
装飾の依存状態も良く、現地で壁画を充分観察することができる数少ない古墳の一つとなっている

福岡県大牟田市萩尾町


posted by kohchan at 21:51 | TrackBack(0) | 古墳
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