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2024年05月14日

三の宮古墳の武装石人と下井手神社 【熊本県荒尾市の古墳・神社】




下井手神社は、荒尾市野原の野原八幡宮の三ノ宮です。
下井手八幡宮・三の宮神社ともいわれています。

天慶二年(939年)の創立。
国誌には『野原八幡宮と同時に勧請。
八幡三の宮と称した』とあります。
旧社格は村社です。

御祭神:神功皇后

三ノ宮四方仏(さんのみやしほうぶつ)
天正八年(1353年)筑後馬篭の石工、藤原助次(すけつぐ)の作品。
助次は助継・介継の名も用い、
三池普光寺、宮原・藤田の両天満宮、大川風浪神社などに
三重塔、五重塔、板碑類9塔を残しており、
そのほとんどが好塔として有名である。

塔身の一部に欠失部があるが
四面には重円の仏龕(ぶつがん)中に
蓮華座(れんげざ)にすわる
平肉浮彫の仏像が力強く彫られている。

阿弥陀如来・金剛界大日如来・薬師如来といわれ、
一体は不明である。

他の部石はもとからあったものではないが、
六角形状の笠石や塔身をうける敷茄子をつくり出して
八葉蓮弁を刻出した友花座(かえりばなざ)は後年の見事な
石造美術品である。

正平紀年号は南北朝時代の南朝方年号で、
北朝方にあった小岱氏・三池氏の
生きざまの一端がうかがい知れる。

正平紀年の石塔は浄業寺(じょうごうじ)、
平山地区に7基ある。

三の宮古墳(さんのみやこふん)
荒尾唯一の前方後円墳
主軸をほぼ東西にとる全長60m。
後円墳は直径23m、高さ6m、
南東斜面は彩土により削り取られているが、
比較的原形を保っている。

前方部は長さ37m、高さ2.3m、幅14m、
後円墳と接する部分はせまくくびれており、
神社建立の際、一部分が削り取られたが、
全体の形は帆立貝型をする未開口の古墳である。

古墳の北側にかすかな周溝の跡がある。

後円部に河原石の葺石や円筒埴輪の
破片が発見されたが全貌は明らかでない。

武装石人(ぶそうせきじん)
三の宮古墳のくびれ部にある石人は、
古墳を表飾する形衆石像で、
衝角付かぶとをかむり短甲をつけた
武装石人である。

阿蘇溶岩を材料とした、
高さ104cm、肩幅63cmのものであるが、
最近その脚部が発見された。

しかし三ノ宮古墳と石人との関係は明らかでない。

石人の分布は、筑後、北肥後の古墳に限られており、
磐井の勢力範囲につくられたと言われている。

保存状態がよく
昭和10年9月4日 
国指定重要美術品となる。

諏訪川をはさんで、
萩尾、宅ケ峰、潜塚、別当塚などの
有力な古墳であることから、
この地方は古代文化が
いち早く開けたものと思われる。

熊本県荒尾市下井手



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