2021年11月03日
【到津八幡神社】 福岡県北九州市
到津八幡神社(いとうづはちまんじんじゃ)
神功皇后が三韓征伐の後、
宇美の里で御子応神天皇をお産みになり豊浦宮へお帰りの時、
御座船を当地に着けられました。
後に一祠を建て皇后の和魂をお祀りしたのが
到津八幡神社の起源といわれています。
神功皇后の御霊をお祀りしたことから、
人々は安産を願うようになりました。
社前の川水を汲み、
産湯として使われるようになったといわれています。
現在、この川は板櫃川という名称ですが、
別に「産川(ウブカワ)」とも云います。
また、川の付近には「産川町」という町内もあります。
文治4年(1188年)宇佐八幡大神を勧請し、
祭祀には宇佐の支族が任ぜられました。
永禄4年(1561年)大友義鎮が
宇佐宮を攻め廟社堂一宇も残らず焼きはらいました。
やむなく、宇佐宮の神官・社僧は神輿を守護し奉り、
天正11年(1583年)までの23年間、神璽を到津社に遷座しました。
以後、細川氏・小笠原氏の篤い崇敬を受け社殿等の改築がなされ、
現在に至っています。
旧社格:縣社
御祭神
応神天皇
神功皇后
宗像三女神(多紀理比賣命・多岐都比賣命・市寸嶋比賣命)
豊日別命
御利益
安産守護、開運厄除け、家内安全、除災招福、子どもの成長守護、
水陸交通の安全など
鎮座地
福岡県北九州市小倉北区上到津1丁目8−1
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