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2021年09月22日
【永尾剱神社】 熊本県宇城市
永尾剱神社(えいのおつるぎじんじゃ)
由緒
和銅六年(713年)、元明天皇の勅願により、
国郡鎮護のため創建されました。
主祭神は、海の神である海童神(玉依姫命)です。
海童神が大きなエイの背中に乗って現れ、
そのまま鎮座したのが此の地であり、
周囲の地形をエイの形に照らし合わせた場合、
神社の場所がちょうどエイの尾にあたる場所であったことから
永尾剱神社と名付けられたと伝えられています。
旧社格は村社。
また、エイは神の使いとして崇められ、
特に、胃腸病の神として御利益があると伝えられ、
エイの絵馬が多く奉納されています。
毎年、旧暦の8月1日に行われる夏の大祭・八朔祭は、
その前夜の深夜、永尾剱神社前方の沖合に
不知火(しらぬい)と呼ばれる光の列が現れる日と重なるため、
小高い丘にあり眺めの良い境内は、不知火現象の観望地点として、
県の名勝に指定されており多くの参拝客が訪れます。
御祭神
主祭神 -海童神(玉依姫命)
大山祗神、火産霊神、菅原道真公、小一領神
御利益
開運招福、商売繫昌、病気平癒、縁結び、学業成就
特に胃腸病、脱腸病などの平癒
鎮座地
熊本県宇城市不知火町永尾615
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【松橋神社(松橋熊野宮)】熊本県宇城市
松橋神社(まつばせじんじゃ)は、
熊本県宇城市松橋町にある神社です。
松橋熊野宮(まつばせくまのぐう)、
松橋権現社(まつばせごんげんしゃ)とも称する。
旧社格は村社。
由緒
二つの由緒があります。
一つは、1049年(永承4年)、
関白藤原道隆が勅を以て勧請し建立した、というもの。
もう一つは、
社家である下田家の家伝で、
下田家の先祖である下田伊予守惟勝が
「当地に熊野権現を勧請するように」
と夢見による託宣を賜った。
そこで住民にその旨を相談したが、
聞き入れられなかった。
すると、この地は常闇になってしまった。
驚いた住民は、熊野権現を勧請創祀した、
というもの。こちらは年代不詳。
室町時代には、
宇土城主の菊池氏や名和氏などの寄進、保護を受けた。
1599年(慶長4年)、キリシタン大名小西行長により、
社殿の焼き討を受けたので、神体を山中に避難させ、隠し祀った。
その後、加藤清正の時代に当地に復興した。
御祭神
伊邪那美命、事解男命、速玉男命
ご利益
地域・家内安全、厄災除け、夫婦和合など
鎮座地
熊本県宇城市松橋町松橋1218
2021年09月21日
【西岡神宮】 熊本県宇土市
西岡神宮は、和銅6年(713年)、
元明天皇の命により宇土地域の総鎮護として中原(壇原)に創建されました。
当初は春日大神と住吉大神の勧請でしたが、
承久3年(1048年)、関白藤原道隆が八幡宮を合わせて祀ったことで、
三宮大明神と称されました。
宇土周辺の氏族の尊崇を受けましたが、
天正16年(1588年)に宇土を治めていた
戦国武将小西行長の社殿焼き討ちにあいました。
その後、慶長6年(1601年)、
新たに治めることとなった加藤清正により、
現在の地に再興され、さらに後の
肥後熊本藩主・細川氏代々の保護を受け現代の形になりました。
御祭神
一之宮(春日大神)
祭神:天児屋根命(あめのこやねのみこと)
二之宮(八幡大神)
祭神:誉田別尊(応神天皇)
三之宮(住吉大神)
祭神:中筒男命・表筒男命・底筒男命
御利益
厄災除け、交通安全、学業・受験合格、交渉成功など
鎮座地
熊本県宇土市神馬町577