タグ / 阿弥陀仏
記事
蓮如上人の大自信 [2017/07/20 18:00]
蓮如上人は、ご自分が書かれた御文章について 「『御文』はこれ凡夫往生の鏡なり。 『御文』の上に法門あるべきように思う人あり、大なる誤なり」と云々。 (御一代記聞書178) といわれています。 これは蓮如上人の大自信です。 他にも大自信を言われているところがあります。 蓮如上人御病中に慶聞に、「何ぞ物を読め」と仰せられ候時、『御文』を読み申すべきか」と申され候。 「さらば読み申せ」と仰せられられ候。三通二度づつ六遍読ませられて..
悪人正機から見た御臨末の御書 [2017/07/15 19:23]
「我が歳きわまりて、安養浄土に還帰すというとも、 和歌の浦曲の片男浪の、寄せかけ寄せかけ帰らんに同じ。 一人居て喜ばは二人と思うべし、 二人居て喜ばは三人と思うべし、その一人は親鸞なり」 (御臨末の御書) よせかけよせかけ来ておられる聖人を、極楽 浄土へ追いやっている者ばかり。 一人居て喜ばは二人と思えと言われても、 「それは信心決定の人のこと」と、 一人淋しく泣いている。 一人居て苦しまば二人と思うべし、 二人居て悩まば..
仏の慈悲の特徴 [2017/07/14 12:00]
仏様の慈悲とは、どういうものか教えられた言葉に、 「仏の慈悲は、苦ある者に偏に重し」 たとえば、苦しんでますか? それとも楽してますか? 苦しんでます、という事は、よかったねぇ。余計に重い。 苦しみや悩みの色濃い人と、さほど苦しんでいない人と。 苦しい者に、余計に重くかかるのだ。 特に、仏法を求めてゆく上で、家庭の苦労とか、仕事の苦労とか。 別に仏法を聞き求めても、求めなくても、 どんな場合にも問題になるのですが。 真実を..
三願転入の三願とは [2017/07/11 12:00]
ここを以て、愚禿釈の鸞、論主の解義を仰ぎ、宗師の勧化によりて、 久しく万行・諸善の仮門を出でて、永く雙樹林下の往生を離れ、善本・ 徳本の真門に廻入して、偏に難思往生の心を発しき。然るに今特に方 便の真門を出でて、選択の願海に転入し、速に難思往生の心を離れて、 難思議往生を遂げんと欲す。果遂の誓、良に由有るかな。 (教行信証化土巻) 「ここを以って愚禿釈の鸞」 これからいうことは私自身のことです。 親鸞聖人の書かれるものの特徴、非常に重要なこと、信じがたいこと、 疑..
仏教の結論とは? [2017/07/10 12:00]
仏教の結論は、 一向専念無量寿仏。 一向専念無量寿仏とは、 無量寿仏とは阿弥陀仏、 一向専念とは一つに向かう。 阿弥陀仏一仏に向かう。 他へ向いてはだめですよ、 一つに向きなさい。 専念も何か一つのことに打ち込んでいる。 もっぱら念ずる、信ずる。 それだけを信ずる。 専門の専。 靴の専門店というと、何が置かれているか? 靴。 かぼちゃくださいといってもない。 服の専門店でかなづちくださいといってもない..
仏凡一体とは [2017/07/04 12:00]
一念帰命の信心をおこせばまことに宿善の開発に催されて、 仏智より他力の信心をあたえたまうが故に、 仏心と凡心とひとつになるところをさして、 信心獲得の行者とはいうなり。(御文章) 阿弥陀如来に救い摂られるということは、 阿弥陀仏の御心と我々の心が一体になること。 それを 仏凡一体 という。 仏は仏心、阿弥陀仏の心。 凡は凡心、我々の心。 それが一つになる。一体になる。 仏心と凡心とが一..
韋提希夫人は過去世に悟りを開いていた聖者か? [2017/06/22 12:00]
然ればすなわち、浄邦縁熟して、調達闍世をして逆害を興ぜしめ、 浄業機彰れて、釈迦韋提をして安養を選ばしめたまえり。 これすなわち、権化の仁、斉しく苦悩の群萌を救済し、 世雄の悲、正しく逆・謗・闡提を恵まんと欲してなり。 (教行信証) 「韋提」とは、韋提希夫人。 お釈迦さまがおられた時代のインドで、 地球上で最初に阿弥陀仏に救われて、 この世で51段高飛びした。 悟りといったら52位ある。これを悟りの52位という。 全部名前..
秘事法門の特徴 [2017/06/14 12:00]
浄土真宗の異端である 秘事法門の特徴とは? 彼らの言う正しい仏教の先生「善知識」から 「それでよい」と信心が認可される。 信心を認可する。 「それでいいんだよ」と知識が言ったかどうかで判断するのが秘事法門の特徴 「これで助かったんだろうか?」という言葉が出てくる。 「それでいいんだよ」と言われるとこれでいいような気がする。 秘事法門は、体験談のオンパレード 教えよりも体験談が好き。 &n..
念仏者に天神・地祇も敬伏のは虎の威を借る狐? [2017/06/11 18:00]
念仏者は無碍の一道なり。そのいわれ如何とならば、 信心の行者には天神・地祇も敬伏し、魔界外道も障碍することなし、 罪悪も業報を感ずることあたわず、 諸善も及ぶことなき故に無碍の一道なり、と云々。(歎異抄7章) 人生の目的は無碍の一道に出ること。 では無碍の一道に出たらどうなるか 書かれている。 信心の行者、念仏者と同じ。 その信心の行者には、天神地祇が敬伏する。 天地の神々が、あなたは素晴らしい人、と頭を下げる。 旅館にバスで、会社の慰安..
魔界外道も障碍することなし [2017/06/06 12:00]
信心の行者には天神・地祇も敬伏し、魔界外道も障碍することなし (歎異抄) 信心の行者には魔界外道も障碍することなし、 魔界外道というと、一つ目小僧とか妖怪を思い出すかもしれませんが、 魔界外道とは真実の信心を妨げるもののことです。 親鸞聖人は誰も邪魔することが出来なかった。 親鸞聖人が受けた非難に3通り。 親鸞聖人は 阿弥陀仏一仏でないと助けることがが出来ない、 外道を捨てよと言われましたが、 権力者は、日本は神の国だとい..
水で石を穿つ [2017/06/03 12:00]
至りて堅きは石なり、至りて軟なるは水なり、水よく石を穿つ。 「心源もし徹しなば、菩提の覚道何事か成ぜざらん」といえる古き詞あり。 いかに不信なりとも、聴聞を心に入れて申さば、御慈悲にて候間、信を獲べきなり。 只仏法は聴聞に極まることなりと云々。(御一代聞書193番) 御一代聞書は蓮如上人の言行録。 蓮如上人があるときこんなことを言われたというものをまとめられたものです。 「堅い物といえば石である。軟らかいものといえば水である。 水..
信の一念の意味 [2017/05/24 18:00]
信の一念が肝要である。 では次に信の一念の意味。 「信の一念」には二つの意味がある。 一つは時尅の一念。これは救われる時、時間です。 それが一念である。アッという間もない短い時間。 それ真実の信楽を按ずるに、信楽に一念有り。 「一念」とは、これ信楽開発の時尅の極促を顕し、広大難思の慶心を彰すなり。 (教行信証信巻) もう一つは、信相の一念。 信相とは、信心のすがたということです。 救われた人の、信心のすがた。心の状..
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