小石川後楽園の西側です。築地塀も立派ですが、この日のお目当ては石垣の方です。
しっかりとプレートに記されています。外壁の全てではなく、あくまで外壁の一部が、かつての外堀で使用された石材が使われているようです。
ここで活かされたわけですね。石材の再利用とも言えますが、貴重な遺構と受け止めました。
矢穴の跡もくっきり。本物ですね
刻印もくっきり。これは山という字ですね
江戸城築城には多くの諸大名が関わっています。石垣の刻印は誰が工事を請け負ったかの手がかりとなりますが、見ただけで分かる人は稀ではないでしょうか?
ちなみに、この石垣材の「山」の刻印は、備中成羽藩山崎家のです。なぜそう言い切れる?これはWIKIさんのお陰です。成羽藩(なりわはん)のページに記された山崎家と今回の石垣に関係するところを、下記に転記させて頂きます。『』内は原文のままです。
『寛永13年(1636年) 、江戸城外堀普請(丸の内1丁目鍛冶橋付近)において、親戚筋の備前国岡山藩主池田光政を組頭とする石垣方四組に属し普請を行っている。その後その石垣は小石川後楽園に移設され、現在でも山崎家の刻印が掘られた石垣を見ることができる。』
工事のチームリーダーは岡山藩主の池田家だったようですね。ということは池田家の印が刻まれた石もあるのかもしれません。私はあっさりと退散してしまいましたが、興味のある方は宝探しのつもりで探してみて下さい。
ということで
小石川後楽園外壁の石垣のご紹介でした。
■訪問:小石川後楽園
(西側の外壁付近)
[東京都文京区後楽]1丁目
■参考及び出典■
Wikipedia:2023/2/28
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