アフィリエイト広告を利用しています

2017年04月02日

暗渠と城跡8 桜咲く出井川と志村城

桜咲く志村城跡
ShimurasanchomeHAru (4).JPG

志村城と出井川については既に記事にさせてもらっているので、今回は本日撮影してきた画像を中心に、春の城跡と暗渠を投稿させて頂きます。

過去記事(クリックで記事に移動します)
2017年03月02日
 豊島一族の城跡(志村城)

2017年03月03日
 暗渠と城跡4(志村城)   

このブログでは
「暗渠に気付くアンテナがあると、街の中の城跡巡りが一層楽しくなります。天然の堀だった川のなごりを感じることは、城のなごりを感じるのと同じ。」
そういう楽しみ方を紹介させてもらっています。今回は説明が少な目ですが、趣旨は同じです。

■志村到着■
都営三田線の志村三丁目駅
ShimurasanchomeHAru (3).JPG
(わりと良く来る街です)

城跡は駅のすぐそば
ShimurasanchomeHAru (2).JPG
(画像上段の緑色が城跡)

今日はここから登ります
ShimurasanchomeHAru (5).JPG

公園として整備されています
ShimurasanchomeHAru (6).JPG

かつての二の丸
ShimurasanchomeHAru (7).JPG
熊野神社です。この社殿の付近に遺構が僅かに残されています。

社殿裏手
ShimurasanchomeHAru (8).JPG
土塁にも見えますが、そもそもこの社殿が古墳上に建っているらしいので、どういうつもりで土が盛ってあるのかが分りません。

僅かな遺構
ShimurasanchomeHAru (9).JPG
やや窪んだ場所とやや土を盛ったような場所

更に・・・
ShimurasanchomeHAru (10).JPG
一段と窪んだ場所。遺構と呼んでよいのやら・・・

堀の跡
ShimurasanchomeHAru (12).JPG
藪のようで分りにくいかも知れませんが、奥が一段と深くなっています。ここは明らかに堀の跡。

■志村城とは■
ShimurasanchomeHAru (13).JPG
ここは豊島氏一族の志村氏が築城した山城です。のちに千葉氏(千葉信胤)の城となり、最後は小田原北条氏の支配下だったことから、秀吉の小田原征伐後に廃城。中世の状態で「放っとかれた城」となりました。23区内とは思えない城跡は、現在は区民の憩いの場所になっています。


さてと、二の丸(熊野神社)を出て、かつての志村城の天然の堀を探索。山城の西側を流れていた出井川へと向かいます。まず坂を下ります。

かつての本丸付近
ShimurasanchomeHAru (16).JPG
小学校と大型マンションになっています。

山城らしい高低差
ShimurasanchomeHAru (17).JPG
小学校脇の坂道を下り、出井川を目指します。

■出井川とは■
板橋区の「出井の泉公園」が源流。首都高5号線下からここ志村三丁目付近まで流れてきます。かつて志村城があった山の西側を迂回するように通過すると、志村三丁目駅方面に進み、その先の先で新河岸川に合流。全区間が暗渠化されているので、川そのものを見ることはできません。

出井川発見
ShimurasanchomeHAru (19).JPG
川が首都高を渡って(潜って)すぐの地点。この東には志村城跡の山があるため、避けるように迂回しています。
この区間、主に向かって右手から道が合流してきます。それらも暗渠。つまり言い換えると、主に東側から別の流れが合流してくる。出井川の支流ってことで良いのですかね?

ちなみに
ShimurasanchomeHAru (22).JPG
緑道へ下るスロープの脇では、マンホールが突き出した状態。工事に工事を重ねてきたのでしょう。

暗渠
ShimurasanchomeHAru (21).JPG
暗渠ではよくある光景ですが、周辺より一段高くなっている方が川の跡。この緑道を進んで行くと、つまり川を下って行くと、志村三丁目駅。緑道は駅付近では自転車置き場に姿を変えて、また緑道となってどんどん下っていくと、最後は「新河岸川」と合流します。まぁ今日はそこまでは行きませんでしたが、久しぶりに出井川の暗渠を歩いてみると、周辺は意外と地形が複雑なことになっており、もともとはどんな川だったのだろうと考えさせられました。几帳面にまっすぐな川なんて有り得ませんからね。


ということで、本日の訪問は
城だった山と川だった道
でした。

ShimurasanchomeHAru (24).JPG
ともに春の花が咲き誇っていました。


お城巡りランキング

----------(追 記)----------

5ケ月後
[2017年9月9日(土曜)]
また志村三丁目を訪問。志村城跡を散歩後、今度は出井川の下流を探索しました。

<出井川の暗渠>
Ankyo Deigawa0909 1.JPG
今回は志村三丁目駅より北側へ向かいました(志村城跡は南側です)。

<新河岸川への道>
Ankyo Deigawa0909 2.JPG
川跡なので緩やかにカーブ。川の上を歩いているのですから、道に迷うこともない。

<中山道付近>
Ankyo Deigawa0909 3.JPG
暗渠が中山道(国道17号線)をくぐる地点(東坂下付近)。さすがに、ここで暗渠を見失うほど初心者ではありません。この光景、出井川が暗渠化される前は普通に橋だったということですね。

<新小袋橋>
Ankyo shinkobukurobashi.JPG
川のなごり

<行き止まり>
Ankyo Deigawa0909 4.JPG
最後まで行けるかと思ったら、フェンスで仕切られ行き止まり!でもまぁ合流先の「新河岸川」はもうすぐ。ちょっと戻りますかね。

Ankyo Deigawa0909 5.JPG
迂回して回り込むと、かなり立派な施設が現れました(右手)。これは巨大な水門ですね。左手の壁の向こうはもう新河岸川。出井川の水は道の下を流れて(右から左へ流れて)新河岸川に注ぎます。

<新河岸川>
Ankyo Deigawa0909 6.JPG
合流先です。

<暗渠の出口>
Ankyo Deigawa0909 7.JPG
橋の上から撮影。水色が先ほどの水門。赤マルが出口です。

以上。志村三丁目駅付から河口までの暗渠でした。

さてと、どっちから帰りますかね

■お勧め暗渠本■
静かなブームになりつつある『暗渠』に関する本のご紹介です。当ブログでは下記をお勧め致します。

暗渠マニアック ! (柏書房)
著者:吉村生/山英男

※広告掲載期限切れのため書名のみ
タグ:暗渠と城跡
posted by Isuke at 21:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 暗渠と城跡
この記事へのコメント
コメントを書く

お名前:

メールアドレス:


ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバックURL
https://fanblogs.jp/tb/6122391
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
検索
記事ランキング
[アクセスランキング]
  1. 1. 上杉謙信の軍旗 毘沙門天と懸かり乱れ龍
  2. 2. 近世小田原城のなごり
  3. 3. 関東の連れ小便・政宗白装束の舞台 (石垣山城)
  4. 4. 刑場近くの橋のなごり 泪橋と思川
  5. 5. 金沢城のなごり
  6. 6. 火の玉不動 大宮宿の水路と刑場のなごり
  7. 7. 足柄城のなごり
  8. 8. 近藤勇ゆかりの地(米沢市)高国寺
  9. 9. 大石内蔵助 終焉の地 細川家下屋敷跡
  10. 10. 大多喜城のなごり
  11. 11. 高岡城のなごり
写真ギャラリー
カテゴリーアーカイブ
プロフィール
Isukeさんの画像
Isuke
もともとは無趣味の仕事人間。土日は家でゴロゴロ。本ブログは、そんな男が急に城跡巡りに目覚め、てくてくと歩き始めた記録です。
プロフィール
X (Twitter) Twitter-Isuke.JPG Isuke@shirononagori
最新記事

お城巡りランキングに参加中 [参加させて頂いた雑誌]

アクティブライフ・シリーズ009 クルマで行く 山城さんぽ 100【電子書籍】[ 交通タイムス社 ]

[当サイトお勧め本]

小説 上杉鷹山 全一冊 (集英社文庫(日本)) [ 童門 冬二 ]


感想(39件)