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親鸞聖人が臨終に言われたこと [2017/10/26 12:00]
親鸞聖人が弘長2年11月28日に亡くなられる前に言われたお言葉。 「わが歳きわまりて安養浄土に還帰す」 死んだら自分の魂がどうなるか、はっきりとおっしゃっている。 死んだら極楽浄土へ行く。 では極楽浄土に行ったら楽して寝ているか。 すぐに戻ってくるとおっしゃっている。 「謹んで浄土真宗を按ずるに、二種の廻向有り。 一には往相、二には還相なり」 浄土真宗とは阿弥陀如来のお働き。 按ずるに二つの下さりものがある。 これが二種の廻向。 一..
御仏壇の線香の意味 [2017/10/18 12:00]
お線香はたてているかな。 灰がこぼれて危ないときは寝かせても良いです。 普通、二つに折って両方に火をつける等。 線香たてるのは仏前の匂いを香しい物にするため。 人間は体臭がありますからその匂いを消すため。 りんはお勤めの前にならします。 正信偈の前に二つならします。 あれは、どういう意味ですか。 チーン、チーン、今からお勤めを始めますという合図 というのと二回ならす、間をしめすということです。 初めの早さを設定する。 チーン、チー..
阿弥陀仏の本願とは? [2017/09/15 13:00]
お釈迦さまが宇宙最高と説かれている 阿弥陀仏はどんな本願を立てられたか。 本願とは誓願 弥陀の誓願不思議に助けられ参らせて往生をば遂ぐるなり (歎異抄一章) 阿弥陀仏が誓われたこと、お約束のこと。 阿弥陀仏の本願を誓願とも言われます。 誓願とは誓い、お約束、本誓とも正信偈に言われている。 明如来本誓応機 本願とは誓願、阿弥陀仏のお約束ということ。 本師本仏の為されたお約束。 どんな約..
悪しかできない者がそのまま救われる [2017/09/14 12:00]
お釈迦さまは、私たちのすがたを 心常念悪 口常言悪 身常行悪 曽無一善 と説かれている。 お釈迦さまは、心と口と体の3方面から私たちを見られている。 その心が常に悪を念っている。 心が悪ばかりなら、口や体も悪になる。 口は常に悪を言い、 体は常に悪を行っている。 川上に青いインクを流せば、川下は青くなる。 口常に悪を言っている。 体も常に悪を行っている。 曽無一善。 かつて一善なし。 生まれてからこ..
雑修とは [2017/08/30 12:00]
雑修も自力の心。 本当は自力の心だけでも良いが、雑行雑修と分けられている。 雑修とは阿弥陀仏に向かって五正行を実践する。 五正行を実践して助かろうとする心。 五正行とは 読誦正行 観察正行 礼拝正行 称名正行 讃嘆供養正行。 行いは善ですからやらねば信仰は進みません。 この五正行はやらなければ信仰は進みませんが心がけが 悪いから雑修と嫌われ捨てよと言われる。 始めは法話会場でおつとめがあるときだけとか、..
三信と三不信のちがい [2017/08/26 12:00]
今日親鸞聖人の明らかにされた 浄土真宗のおしえは、 阿弥陀仏の本願によって無明の闇が破れて 大安心大満足の決勝点があるという教えだが、 自分が体験したことがない、 仏教の学問もおろそかという本願寺の布教使は、 いつとはなしに、風邪をひいたように、米俵がどうと、 たとえを作り出して、教えている。 こういうものに対して、真実の信心は定まるものなんだと、 こういうふうに信心決定というが、 ちなみに信心決定というのは親鸞聖人の教え以外にはない。 ..
帰命とは? [2017/08/17 12:00]
仏教では、帰命とか、南無という言葉がよく出てくる。 しかし、親鸞聖人の帰命は、私たちが帰依するという意味ではない。 帰命と申すは如来の勅命に順いたてまつるなり。(尊号真像銘文) 「如来」とは、阿弥陀仏。 「勅命」とは、命令。 帰命は、阿弥陀仏のそのままこいという命令。 そのままこいの勅命に、いかなるおかるも頭が下がる。 それにはいと従った時が、帰命。 教行信証には 「帰命は本願招喚の勅命なり」 招喚とは、そのままこいということ。..
3通りの念仏 [2017/07/30 12:00]
仏教では、念仏を称えさえすれば救われるのではない。 念仏には、称え心によって3種類ある。 万行随一の念仏・万行超過の念仏、 そして自然法爾の念仏。 万行随一の念仏から、 万行超過の念仏、そして 自然法爾の念仏へ入る。 それが三願転入の御文を見ると判る。 ここを以って、愚禿釈の鸞、論主の解義を仰ぎ、宗師の勧化によりて、 久しく万行諸善の仮門を出でて、ながく双樹林下の往生を離れ、 善本徳本の真門に回入して、偏に難思往生の心をおこし..
三願転入 [2017/07/13 18:00]
親鸞聖人自身が三願転入の道を通って18願へ出た、 と告白されている三願転入のお言葉 ここを以って、愚禿釈の鸞、論主の解義を仰ぎ、宗師の勧化によりて、久し く万行諸善の仮門を出でて、ながく双樹林下の往生を離れ、善本徳本の真門 に回入して、偏に難思往生の心をおこしき。然るに今特に方便の真門を出で て、選択の願海に転入し、速に難思往生の心を離れて、難思義往生をとげん と欲す。果遂の誓、良に由あるかな。 &nb..
おつとめの心がけ [2017/07/01 12:00]
質問 朝夕のお勤めで心掛けるべき事は? また、してはいけないこと、しなければならないことは何ですか? 宿善が厚くなる、2番目の行いが朝晩のお勤め。 お勤めとは、親鸞聖人の正信偈、 蓮如上人の御文章を拝読すること。 浄土真宗では、親鸞聖人、蓮如上人を大善知識として尊敬している。 だから、その親鸞聖人、蓮如上人の書かれたものを朝晩拝読している。 本当なら、親鸞聖人、蓮如上人のじかの御説法を聞かせていただくのがよいが、 ..
名号は南無阿弥陀仏? [2017/06/28 12:00]
名号は南無阿弥陀仏でなければならないのでしょうか、 帰命無量寿如来とかひらがなでなむあみだぶつではどうでしょうか? 答 名号であればよいですから昔から九字の名号、十字の名号があります。 しかし何れも名号でなければなりません。 九字の名号とは 「南無不可思議光如来」 十字の名号は 「帰命尽十方無碍光如来」 ですが、最も親しまれるのは六字の名号です。 親鸞聖人も十字名号、九字名号を使われたことはあります。 名号と言うことが大事..
後生の一大事とは? [2017/05/29 12:00]
一大事ということを蓮如上人はどのように仰有っているか? この一流のうちに於て確々とその信心のすがたをも得たる人これなし。 かくの如くの輩はいかでか報土の往生をば容易く遂ぐべきや。 一大事というはこれなり。 (蓮如上人『御文章』) 私達が一大事というのはどんな時か? 私達は、例えば会社が傾きかけた時に一大事と言う。 また、生き残るかどうかという時に一大事と言う。 ところが蓮如上人は この一流のうちに於て確々とその信心のすがたをも..
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