要害の地に築かれた高天神城の本丸付近に『御前曲輪』と呼ばれる曲輪があります。この御前は、身分の高い武将に対する敬称ではなく、神仏を指すと受け止める方が適切のようです。曲輪とは城の区画のことですので、それに御前がつくということは、何らかの祭祀の場と思われます。
<御前曲輪近くの鳥居>
こちらは高天神城の御前曲輪に隣接する天神社です。江戸時代に別の曲輪へ移されましたが、もともとはここ鎮座していました。
<元天神社>もとてんじんしゃ
いわゆる天神さまですね。城の守護を担う神社として創建されたことに始まりますが、廃城後も地元の人の信仰を集め現在に至ります。
<高天神社>たかてんじんじゃ
こちらは現在の天神社で、西の丸付近に鎮座しています。
ちなみに、城も地名も『高天神』と呼んでいますが、「高い所にある天神様」という意味ですので、こちらの神社は高という呼び名の天神社ということですね(ちょっと理屈っぽいですかね)。
<御前曲輪>ごぜんくるわ
高天神城の御前曲輪はこの観光用の城主パネルが目印です。これを見てしまうと、「ご老公の御前である!」ではないですが、高位の武士やその側室の『御前』を連想してしまいませんかね。そうではなく、当時の天神社のすぐ目の前の曲輪だから御前曲輪ということですね。
<縄張り図>
高天神城の御前曲輪は、城の中核である本丸とほぼ一体となった区画です。本丸付近の祭祀の場だったと受け止めるのが自然ですね。
ということで
『御前』の意味についてでした。全国の城すべてに共通かどうかまで調べていませんが、高天神城を訪れる方が、そんな目で御前曲輪と天神社を眺めてくれると嬉しいです。
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2020年07月11日
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