2018年12月14日

赤穂浪士ゆかりの地 水野監物邸跡

元禄 15年 12 月 14日夜
旧赤穂藩士47名が,江戸本所松坂町の吉良邸へ討ち入りました。今回の訪問は、主君の仇討ちを果たした赤穂浪士のうち、9人が預けられた大名屋敷の跡地です。

■水野監物邸跡■ みずのけんもつ
<屋敷跡地>
shirononagori290A.JPG
ここは三河岡崎藩水野家芝三田屋敷跡。とっても、路地の奥の狭いスペースに、屋敷の庭を模したような空間があるだけ。石灯籠と説明板が目印です。

<説明板>
shirononagori290C.JPG
本懐を遂げた赤穂浪士たちは、肥後熊本藩細川家・三河岡崎藩水野家・伊予松山藩松平家・長門長府藩毛利家に分かれて 幕府の沙汰を待ちました。大石内蔵助は細川家。ここ水野家には以下の9人が預けられました。

間光興・奥田行高・矢頭教兼
村松高直・間瀬正辰・茅野常成
横川宗利・三村包常・神崎則休

この時の藩主は第4代の水野忠之(監物)。将軍吉宗の享保の改革を老中として支えた人物であり、後に天保の改革で名を馳せる水野忠邦は忠之の子孫。名門の譜代大名家ということですね。

赤穂事件の時、水野忠之はまだ三十代前半(老中となるのはもっと後の話です)。細川家を手本に、浪士たちを手厚くもてなしたと伝わります。

<石灯籠>
shirononagori290B.JPG

そして2月4日
幕命により、浪士たちは屋敷内で切腹となります。庭先ながら畳二枚が敷かれ、格式を重んじた形で刑に処されました。

<慶応仲通り商店街>
shirononagori290D.JPG
場所はJR田町駅から徒歩数分。ここを潜って更に進んだ小径の奥が屋敷跡です。当ブログがきっかけで、足を止めてくれる方がいたら嬉しいです。

■訪問:水野監物邸跡
[東京都港区芝] 5-20-20


お城巡りランキング
この記事へのコメント
コメントを書く

お名前:

メールアドレス:


ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバックURL
https://fanblogs.jp/tb/8388330
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
検索
記事ランキング
[アクセスランキング]
  1. 1. 上杉謙信の軍旗 毘沙門天と懸かり乱れ龍
  2. 2. 関東の連れ小便・政宗白装束の舞台 (石垣山城)
  3. 3. 伊達家上屋敷跡 政宗終焉の地
  4. 4. 火の玉不動 大宮宿の水路と刑場のなごり
  5. 5. 岡崎城のなごり
  6. 6. 浜松城の野面積み
  7. 7. 若き家康が生涯の教えを得た大樹寺(岡崎市)松平家菩提寺
  8. 8. 北条早雲騎馬像(小田原駅西口)早雲の「火牛の計」
  9. 9. 内匠頭御預かりの田村家のルーツ(田村右京太夫屋敷跡)
  10. 10. 犬山城のなごり
写真ギャラリー
カテゴリーアーカイブ
最新記事
プロフィール
Isukeさんの画像
Isuke
もともとは無趣味の仕事人間。土日は家でゴロゴロ。本ブログは、そんな男が急に城跡巡りに目覚め、てくてくと歩き始めた記録です。
プロフィール

お城巡りランキングに参加中 [参加させて頂いた雑誌]

クルマで行く山城さんぽ100 絶対インスタにアップしたい「絶対見たい名城」30選 (CARTOP MOOK ACTIVE LIFE 009)

[当サイトお勧め本]

小説上杉鷹山 (集英社文庫) [ 童門冬二 ]