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第161回『痴人の懺悔』 [2016/05/11 11:28]
文●ツルシカズヒコ
『青鞜』六月号「寄贈書籍」で、野枝は木村荘太訳『痴人の懺悔』(ストリンドベルヒ著)と青柳有美『美と女と』を紹介している。
ストリンドベルヒの自伝の一部で氏の最初の結婚生活を書いたもので御座います。
この小説は是非誰にも一読して欲しいものと思ひます。
殊に多くの婦人達に……。
(「寄贈書籍」/『青鞜』1915年6月号・第5巻第6号/『定本 伊藤野枝全集 第二巻』_p230)
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第96回 あの手紙 [2016/04/17 21:11]
文●ツルシカズヒコ
一九一三(大正二)年七月二日の午前中に行なわれた、野枝と辻と木村荘太の面談。
荘太がリアルタイムで書いた「牽引」の記述に沿って、その経過を追ってみたい。
この日また下宿に来てくれと野枝に手紙を書いたのは、荘太だった。
午前九時頃、下宿の婢が「伊藤さんがいらっしゃいました」と荘太に来訪を告げた。
荘太が取り散らかしていた部屋を片づけていると、障子を開けて入って来たのは、思いがけず辻だった..
第95回 二通の手紙 [2016/04/17 20:49]
文●ツルシカズヒコ
一九一三(大正二)年七月二日の午前中、野枝と辻と木村荘太は三人で面談をした。
まずは「動揺」の記述に沿って、その経過を追ってみたい。
その朝、野枝は腫れぼったい目を押さえて目覚めた。
午前十時ごろ、野枝と辻は家を出た。
ふたりが麹町区平河町の木村の下宿に着くと、野枝は不思議なくらい心が静まっていた。
前夜遅くまで起きて書いたものを荘太に渡した辻は、きっぱりと言った。
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第94回 筆談 [2016/04/17 18:28]
文●ツルシカズヒコ
辻が白紙に鉛筆で細かく書いたものには、こう記してあった。
私は今非常に苦しんでゐる。
もう落ちついて仕事なんぞしてゐられなくなる。
私は実際昨晩位おまへに対して深い憎悪を抱いた事は恐らくあるまい。
私は幾度も自分の心に湧き上つてくるあさましい嫉妬を消さうと試みた。
然しそれは無駄であつた。
私はそれに木村と云ふ人に対する第一印象があまりよくなかつた。
私は成るべ..
第93回 絵葉書 [2016/04/17 17:14]
文●ツルシカズヒコ
一九一三(大正二)年七月一日。
野枝は前夜の疲れと頭痛のために昼ごろまで寝ていた。
昼ごろ起きて机の前に座り、辻が帰るまでに自分の気持ちを書いておこうとしたが、なかなか書けなかったので、今宿の父のところに手紙を書いた。
机の上に見覚えのない絵葉書があったので裏返すと、奥村博と赤城山に滞在中のらいてうからだった。
長閑(のどか)な景色の絵を見ていると、緊張していた神経が緩んでボンヤリしてしま..
第91回 第二の会見 [2016/04/17 15:36]
文●ツルシカズヒコ
野枝は荘太の話に耳を傾けながら、自分が書いた最後の手紙について考えていた。
野枝は辻との関係を破綻させることなく、荘太ともう一度会いたいと願ったのだが、荘太は自分の思いよりずっと強い意味に解釈したのだろう。
野枝は態度が不明瞭で誤解を招く手紙を書いた自分が一番悪かったという自責の念に駆られたが、しかし、ありのままの感情を書くことを心がけているので、ああ書かずにはいられなかったのだ。
日を改めて三人..
第90回 牽引 [2016/04/16 22:38]
文●ツルシカズヒコ
「牽引」(p27~28)によれば、辻の家を出た荘太は巣鴨橋まで馳けた。
電車の中で荘太は辻の苦痛を想像したが、自分と野枝の牽引と結合は自然だから仕方がないと思うほかなかった。
神保町から青山行きに乗り、半蔵門で降りると、新宿行きの電車はなかなかやって来ない。
荘太はそこから三、四丁、下宿まで馳け出した。
息せき切って着いた荘太は、入口のガラス戸越しに中を覗いた。
土間には見覚えのあ..
第89回 自我主義 [2016/04/16 22:13]
文●ツルシカズヒコ
木村荘太「牽引」によれば、一九一三年(大正二年)六月三十日の夕方、辻の家を訪れた荘太に「私が辻です」と辻が名乗ったが、荘太はそれが野枝と共棲している男だとすぐには気づかなかった。
荘太が尋ねた。
「伊藤さんおいでですか?」
「いません、どなたです?」
辻がなんとも言えない表情をしているのを見て、荘太はハッとなり、名乗った。
「木村です」
「さ、どうぞお上がり下さい」
部屋..
第88回 アウグスト・ストリンドベリ [2016/04/16 18:39]
文●ツルシカズヒコ
木村荘太「牽引」によれば、六月三十日、荘太はこの日の朝早く目が覚めてしまった。
荘太は野枝を空しく待ち続けた。
時計が昼の十二時を打った。
いてもたってもいられなくなった荘太は、野枝が男に引き止められているさまや、急に過度の傷心のために身体を悪くして寝ているさまを想像した。
荘太は外に飛び出し、後先を考えず、野枝に電報を打った。
「ケフゼヒキテクダサイ」
この日の..
第87回 ピアノラ [2016/04/16 15:02]
文●ツルシカズヒコ
一九一三(大正二)年六月二十八日、午後四時ごろ、野枝はじっと座っていることができないので家を出た。
音楽会の切符は三枚あったので、保持を誘ってみようかと思った。
一枚は辻の妹の恒に渡し、後で青鞜社の事務所に来るように言った。
歩くのさえ嫌なので駒込から山手線で巣鴨まで行った。
五時すぎに保持と恒と三人で出かけた。
会場には野枝たちの方が早く着いたので、辻とは一緒の席ではなかった。
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第86回 アルトルイズム [2016/04/16 13:57]
文●ツルシカズヒコ
一九一三(大正二)年六月二十八日の朝、辻はその日の夕方に開かれる南盟倶楽部の音楽会に来るようにと、切符を置いて出かけた。
野枝は落ちつかない気持ちで部屋の掃除をしたり、そこらの書物を引っ張り出したりしていると、思いがけなく木村荘太からの手紙が来た。
「一度お会ひしたい」と書いて昨日、投函した手紙の返事にしては早いなと思いながら野枝は開封した。
……ある尊敬する、友達に宛ててかういふ葉がきを書きま..
第85回 木村様 [2016/04/15 22:15]
文●ツルシカズヒコ
一九一三(大正二)年六月二十七日の朝、野枝が目覚めて一番最初に頭に浮かんだのは、そろそろ来るだろう荘太からの手紙だった。
締めつけられるような苦しい気持ちで、床の中から出た。
辻が出かけて二十分とたたないうちに、その手紙が投げ込まれた。
御手紙只今拝見しました。
元より予想してゐた事です。
併し何にも悪い事はありません。
あなたにも私にもちつとも悪い事はありません。
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