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第236回 自働電話 [2016/06/03 17:05]
文●ツルシカズヒコ
一九一七(大正六)年の正月、山鹿泰治が本郷区菊坂町の菊富士ホテルにいる大杉と野枝を訪ねた。
二言三言語り合う内に杉が、『それより不愉快な以前の問題を解決しやうぢやないか、大体あんな暴行を働いた以上は謝罪から先きにすべきものだ』といふから、僕は野枝さんに向つて『僕が今もし謝罪したら貴女は愉快になるんですか』と尋ねて見たら、『イヤ、そんな事はありませんが、あやまらなければ今後安神(ママ)して交際は出来ないだけなん..
第205回 スリバン [2016/05/22 14:21]
文●ツルシカズヒコ
女の世界もとうたうやられましたか。
すると、もう私達は何も云ふ事が出来なくなつた訳でせうか。
しかし、他の人に云へる事が何故私達が云つてはいけないのでせうね。
着物の心配までして下さつてありがとう。
もうお天気の今日には暑くてセルを着られませんから、直ぐと単衣(ひとえ)でゐられます。
従妹から湯上りに着るのを二反送つてくれました。
それを仕立てて着てゐればよろしうご..
第204回 ミネルヴア [2016/05/21 19:26]
文●ツルシカズヒコ
野枝のところに「お八重さん」こと野上弥生子から、長い長い手紙が届いた。
野枝は弥生子の手紙の文面を引用しながら、大杉に手紙を書き、弥生子への反論をしている。
……私の今度の事に就いて可なりはつきりと意見を述べてくれました。
しかし私は、もう到底理解を望む事は出来ないと断念しかかつてゐます。
……彼(あ)の人には、恋愛と云ふ事が何んであるか解つてゐないのです。
あの人の恋愛..
第195回 青鉛筆 [2016/05/19 16:10]
文●ツルシカズヒコ
大杉からの五月六日の手紙に、野枝はこう返信した。
停車場を出ると、前の支店でしばらく休んで、それから宿に帰へりました。
帰つてからも室(へや)にゆくのが何んだかいやなので、帳場で話をして、それから室にはいると直ぐあの新聞を読んで、中央公論を読んで仕舞ひました。
思つたほど何んでもなかつたので、すつかりつまらなくなつて室中を見まはしました。
何も彼も出かけた時のままになつてゐます。
..
第189回 両国橋駅 [2016/05/18 14:03]
文●ツルシカズヒコ
辻の家を出た野枝は、とりあえず神田区三崎町の玉名館に身を落ちつけた。
玉名館は荒木滋子、郁子姉妹の母が経営する旅館兼下宿屋である。
荒木滋子は七年後、甘粕事件で野枝が虐殺された直後にこう回想している。
いつでしたか、ずつと以前に、私の処へ突然にお出でになつていろ/\T氏との家庭のもた/\をお話しになつたことがありました。
其節O氏とのいきさつもお話し下すつて一旦自分一人国へ戻らうか..
第187回 桜川 [2016/05/17 21:44]
文●ツルシカズヒコ
そして、弥生子はふとあることを思い出した。
それはつい二、三日前、弥生子の耳に入った野枝が大杉と親密な関係だという噂だった。
そんなことはありえないと考えていた弥生子は、冗談のつもりで言った。
「あなたはM(※大杉)さんと大層仲のいゝお友達だつてことを聞いてよ。本統ですか。」
「何を云つてるのですかね。下らないこと。」
一言の許に斯う笑ひ捨てられるのを予期しながら。
ー..