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第58回 夏子 [2016/03/30 13:50]
文●ツルシカズヒコ
このときの野枝の印象を、神近は4年後にこう書いている。
……学校の休暇(やすみ)の時、根岸のKのところで逢つたのは正月であつた。
女中のやうな至つて質素な着付けが、お体裁屋の、中流の東京の家庭の人々とばかり接触してゐて、その嗜好と幾分の感情さへも分ち始めてゐた私には、その人までも何んとなく親しみ難(にく)いものに思はせた。
その上に、髪を振り下げにして素通しの眼鏡をかけて居(を)られたことが、..
第22回 仮祝言 [2016/03/18 20:09]
文●ツルシカズヒコ
西原和治著『新時代の女性』に収録されている「閉ぢたる心」(堀切利高編著『野枝さんをさがして』p62~66)によれば、野枝が煩悶し始めたのは、上野高女五年の一学期の試験が終わり、夏休みも近づいた一九一一(明治四十四)年七月だった。
西原は国語科の担当で野枝が上野高女五年のクラス担任である。
「どうしましょう、先生、夏休みが来ます、帰らなければなりません」
西原にこう切り出した野枝は、両腕を机の..
第14回 編入試験 [2016/03/15 13:00]
文●ツルシカズヒコ
一九一〇(明治四十三)年一月、前年暮れに上京した野枝の猛勉強が始まった。
代準介は野枝を上野高女の三年に編入させるつもりだったが、野枝は経済的負担をかけたくないことを理由に、飛び級して四年に編入するといってきかなかった。
代家は経済的に逼迫などはなく、どちらかといえば裕福で、そんな気遣いはいらぬ所帯である。
ノエは学資の負担を建前とし、従姉千代子と同じ四年生に拘り、その意思を曲げなかった。..
第13回 伸びる木 [2016/03/14 20:37]
文●ツルシカズヒコ
野枝はこの閉塞状況を突破するために、叔父・代準介に手紙を書いた。
自分も千代子のように東京の女学校に通わせてほしいという懇願の手紙である。
それは自分の向上心、向学心、孝行心を全力でアピールする渾身の毛筆の手紙だった。
三日に一通ぐらいのわりで、しかも毎回五枚十枚と書きつらねてある。
キチさんの話では、とにかく「よくもまあ倦きもせんものだと思うぐらい『東京で勉強すれば私はきっと叔父..
第11回 湯溜池 [2016/03/13 16:11]
文●ツルシカズヒコ
一九〇九(明治四十二)年、周船寺高等小学校四年在学中の野枝は三月の卒業が間近になっていたが、野枝とクラス担任の谷先生との親交は深くなっていった。
野枝は十四歳、谷先生は二十歳だったが、ふたりの親交は年齢差や教師と生徒という関係を超えたものになった。
我がままで強情で小さな反抗心に満ちた不遜な生徒だった野枝は、多くの教師たちから愛想をつかされ憎まれていた。
強情で不遜な生徒である野枝に対する..
第8回 長崎(二) [2016/03/11 16:18]
文●ツルシカズヒコ
野枝の長崎時代について、叔母・代キチは岩崎呉夫にこう語っている。
さようでございますね、近ごろのボーイッシュ・ガールってとこでしたでしょう。
あんたはアメリカへでもいけば上等なんだけど、日本じゃお嫁の貰い手がないよ。
よくそんな冗談を申しました。
はじめのうちは千代子と張合ってムキに自分を主張しようとしていました。
躾けのことで喧(かまびす)しくいうと、すぐふくれて泣くのです。..