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第352回 新興芸術 [2016/09/16 22:12]
文●ツルシカズヒコ
原敬の暗殺を報じる号外を読み終えた佐藤春夫と大杉は、佐藤の部屋に入り対座した。
佐藤が大杉が執筆している自叙伝について聞いた。
「どうだ、書けた?」
「いや、何もしやしない」
「自分のことを書くのは難しいだろうね。どんな点が難しい?」
大杉はこう答えた。
「何でもない事だがね、なるべく嘘を少くしようと思ふからね。ところで書くだけの事が本当でも、書くべき事を書かないでしまつた..
第351回 原敬 [2016/09/16 21:48]
文●ツルシカズヒコ
近藤憲二が懐に弾丸(たま)を入れる村木を見てから二、三日後、一九二一(大正十)年十月のある朝だった。
近藤と村木は蒲団を並べて寝ていた。
村木が蒲団から手を出して、煙草に火をつけながら話し出した。
「君の留守中にひとつ仕事を思いついてね……」
村木はまるで商売の話でもするように、愉快そうな元気な調子で話し出した。
「僕はこのとおりの体だ、とても諸君と一緒に駆けずり回ることは..
第229回 センチメンタリズム [2016/05/31 13:19]
文●ツルシカズヒコ
大杉が逗子の千葉病院を退院したのは、一九一六(大正五)年十一月二十一日だった。
大杉豊『日録・大杉栄伝』によれば、看病をした野枝と、近くに宿泊して見舞いに通った村木が付き添い、夕刻の電車で本郷区菊坂町の菊富士ホテルに帰った。
『東京朝日新聞』(十一月二十二日)によれば、大杉たちは「午後六時四十三分逗子駅発列車」で帰京した。
近藤富枝『本郷菊富士ホテル』によれば、菊富士ホテルの玄関に通じる細い露地..
第68回 枇杷の實 [2016/04/03 11:08]
文●ツルシカズヒコ
一九一三(大正二)年四月初旬、辻潤と野枝は芝区芝片門前町の間借り住まいをやめ、染井の家での生活に戻った(『定本 伊藤野枝全集 第一巻』_p190)。
上山草人(かみやま・そうじん)の家を訪れた興奮の夜の後も、野枝は紅吉に三回ばかり会った。
紅吉はあいかわらずらいてうの悪口を言ったが、あの夜ほど興奮してはいなかった。
巽画会展覧会に出す下描きができたなどの話をした。
このころ紅吉は根津神..