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第317回 有名意識 [2016/08/08 17:11]
文●ツルシカズヒコ
野枝は『改造』九月号(第二巻第九号)に「引越し騒ぎ」(『定本 伊藤野枝全集 第三巻』)、『婦人世界』九月号(第十五巻第九号)に「婦人の不平は意志の欠乏から」(『定本 伊藤野枝全集 第三巻』)を寄稿した。
『定本 伊藤野枝全集 第三巻』解題によれば、「引越し騒ぎ」の目次には「(社会主義者奇譚)引越さはぎ」というコピーがついている。
「婦人の不平は意志の欠乏から」は「現代婦人の不平」特集欄の一文で、他に山田わか、..
第278回 トスキナ(一) [2016/07/06 12:55]
文●ツルシカズヒコ
一九一九(大正八)年は浅草オペラ、オペレッタの全盛期であった。
観音劇場でオペレッタ『トスキナア』が上演されたのは、この年の五月だった。
「トスキナア」とは「アナキスト」の逆さ読みであるが、プログラムや台本には検閲に引っかからないように「トスキナ」と刷った。
作は獏与太平(ばく-よたへい)、作曲は竹内平吉、装置は小生夢坊(こいけ-むぼう)。
浅草の伝法院の裏にあったカフェー・パウリスタ、その二番..
第268回 無政府主義と国家社会主義 [2016/06/30 10:50]
文●ツルシカズヒコ
野枝は『新日本』十月号に「惑い」、『民衆の芸術』十月号に「白痴の母」を寄稿している。
以下は「白痴の母」の冒頭である。
裏の松原でサラツサラツと砂の上の落松葉を掻きよせる音が高く晴れ渡つた大空に、如何にも気持のよいリズムをもつて響き渡つてゐます。
私は久しぶりで騒々しい都会の轢音(れきおん)から逃れて神経にふれるやうな何の物音もない穏やかな田舎の静寂を歓びながら長々と椽側近くに体をのばして……..
第240回 百姓愛道場 [2016/06/04 17:49]
文●ツルシカズヒコ
日蔭茶屋事件後、半年くらいの間、大杉は「神近の怨霊」をよく見たという。
……夜の三時頃、眠つてゐる僕の咽喉を刺して、今にも其の室を出て行かうとする彼女が、僕に呼びとめられて、ちよつと立ちとまつて振り返つて見た、その瞬間の彼女の姿だ。
毎晩ではない、が時々、夜ふと目がさめる。
すると其の目は同時にもう前の壁に釘づけにされてゐて、そこには彼女の其の姿が立つてゐるのだ。
そして、其のいづれの..
第227回 宮嶋資夫の憤激 [2016/05/30 17:03]
文●ツルシカズヒコ
十一月十日の『東京朝日新聞』は、五面の半分くらいのスペースを使って、この事件を報道している。
見出しは「大杉栄情婦に刺さる 被害者は知名の社会主義者 兇行者は婦人記者神近市子 相州葉山日蔭の茶屋の惨劇」である。
内田魯庵は、こうコメントしている。
……近代の西洋にはかう云ふ思想とか云ふ恋愛の経験を持つてゐる人がいくらもある……彼が此恋愛事件に就いて或る雑誌に其所信を披瀝したのを見ると、フイ..
第209回 霊南坂 [2016/05/23 14:05]
文●ツルシカズヒコ
一九一六年七月十九日午後の列車で大阪から帰京した野枝は、七月二十五日に大杉と一緒に横浜に行き、大杉の同志である中村勇次郎、伊藤公敬、吉田万太郎、小池潔、磯部雅美らと会った(大杉豊『日録・大杉栄伝』)。
野枝と別れた辻は一時、下谷(したや)区の寺に寄寓していた。
野枝が第一福四万館で大杉と同棲していたころである。
ある日、野枝が寺を訪れ辻に面会したときのことを、宮嶋資夫は書き記している。
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