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2016年09月13日

第349回 典獄面会






文●ツルシカズヒコ




 大杉栄「コズロフを送る」によれば、 一九二一(大正十)年七月三十日にラッセルを横浜埠頭で見送った大杉は、そこでイワン・コズロフと遭遇した。

 ラッセルが神戸で日刊英字新聞『ジャパン・クロニクル』の主筆ロバート・ヤングを訪れた際、ヤングがラッセルに当時同紙の記者をしていたゴズロフを紹介し、彼がラッセル一行の案内役を務めることになったのである。

 ラッセルは「この人のおかげで、私は東京に着く前に、すっかり日本の社会主義運動と社会主義者とにお馴染みになっていましたよ」と、コズロフに感謝していた。

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 大杉と野枝が横浜でラッセルを見送った翌日、コズロフが鎌倉の大杉の家を訪れ、三、四日泊まっていった。

 コズロフは『日本に於ける社会主義運動と労働運動』という、タイプライター刷りされた英文の小冊子を大杉に見せた。

 著者は「アメリカの一社会学者によりて」としてあるが、コズロフが書いたものだった。


 日本の社会主義運動と労働運動について其他にも、英文や仏文や独文で三四の本を見た。

 が、此のコズロフのものだけは全く例外的に、しかも日本人である片山潜君の同じやうな題の著書よりも、遥るかに優つたものだつた。


(「コズロフを送る」/『東京毎日新聞』1922年7月29日から13回連載/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』/日本図書センター『大杉栄全集 第14巻』_p147)





 大杉も山川夫妻も堺も、実はコズロフを知識的に軽蔑していた。

 大杉は『日本に於ける社会主義運動と労働運動』を読んで、そのできのよさにコズロフを見直した。

 日本語をまるで読めず、ろくに話せもしないコズロフが、よくこれだけのものを書けたものだと、大杉は敬服した。

 近藤憲二『一無政府主義者の回想』によれば、コズロフは『日本における社会主義運動と労働運動』を第一章にして、さらにその内容を発展させ、運動の背景になっている日本そのものについて書く計画を立てていた。

 そのための内容のチェックをしてもらうために、コズロフは大杉の家を訪れたのだった。

 ちょうどそのころ、神戸市にある川崎造船所の三工場と三菱三社(造船,内燃機,電機)の労働者約3万人が大罷工中だったが、コズロフは川崎造船所の争議にも詳しく、自分で撮影した写真もいっぱい持っていた。

 大杉は川崎造船所の罷工については、新聞からより、コズロフの情報でその「真相」を知った。

 大杉豊『日録・大杉栄伝』によれば、大杉は「神戸の川崎造船所の労働争議に、十五円をカンパ」した。





「雲がくれの記」(『東京毎日新聞』一九二十一年八月十四、十五、十七、十八日/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』/日本図書センター『大杉栄全集 第14巻』)によれば、大杉らはラッセルが横浜から離日したころ駿台倶楽部の労働運動社を解散、大杉は八月四日の朝に鎌倉の家を出て、山崎今朝弥の家でうまく尾行をまき、夜行で長野県に向かった。

 八月五日、大杉は上諏訪で列車を降り、この日は同地に宿泊、同志六人と語り明かした。

 八月六日、大杉は岐阜市に行き名和昆虫研究所に通い、八月十二日に帰宅した。

 大杉が同研究所を訪れたのは、『昆虫記』翻訳の準備のためだった。

 同研究所は現在も、名和昆虫博物館として健在である。

『日録・大杉栄伝』の著者・大杉豊(大杉栄の三弟・勇の子息)が、同博物館を訪ねている。


 四代目所長夫人の名和幸子さんから当時の日記などの資料を見せていただいたが、変名で行った大杉の痕跡は見当たらなかった。

 大杉が送ったらしい『昆虫記』がずっと保存されていたという。


(大杉豊『日録・大杉栄伝』)





 八月、夏の暑い日だった。

 チラシまきの出版法違反で六月末に東京監獄に入獄、禁固三ヶ月の刑に服していた近藤憲二は、監房の扉がガチャガチャと開けられている音を耳にした。

 扉が開くと、担当看守ではなく部長が立っていた。

典獄面会ーー」だという。

「典獄面会を頼んだことはないんだが……」

「そうか、では呼び出しだろう」

 近藤が典獄室へ行くと、野枝がいた。

「おまえに何か重要な話があって見えているんだが、ここで伺ったらいいだろう」

 典獄がそう言うと、近藤は急に心配になった。

 父か母に何かあったのではないかと考えたからだ。

 しかし、それにしては野枝はニコニコしていた。

「あのォ〜、困ったことができたんですよ」

 そして野枝は、こう続けた。

簡閲点呼の通知が来たんです……」

 近藤は野枝の意図をすぐに読めた、そしてつまらんことをネタに慰問に来てくれたのだと思った。

 しかし、近藤もわざと困ったような顔をして、

「それは困りましたね、では一週間ばかり出してもらって、国へ行って来ますか……」

 近藤は本当とも冗談ともつかぬ顔で半分は野枝に、半分は典獄に言った。

 すると典獄が、

「そんなこと、わけありません。すぐに在監証明書を書かせますから」

 と、真面目になって野枝に言った。

 すると野枝は、風呂敷包みをといて、どっさり入った旨そうな餅菓子を出した。

「いいでしょう、みんなで食べながらお話しましょうよ」





 書けばこれだけだが、その調子が実にうまいんだ。

 典獄もつい釣りこまれて、私に「食べていくといい」といった。

 野枝さんは、面会場では一幕立見だから、点呼の通知のあったのを口実に、一芝居うったのである。

 こういうコツはうまいものであった。

 ……その日の野枝さんは新しい浴衣の、野枝さんにしっくり合った柄でもあったが、くっきり浮き出して見えた。

 私は、その日ほど美しい野枝さんを見たことがない。

 正直にいうと、野枝さんは美人という部類ではなかった。

 色は小麦色の方であり、小柄でもあった。

 日によっては、むしろむさく見えたりもした。

 しかし、日によっては、生き生きと見えることがあった。

 そういう意味で、変化のある人であった。

 生き生きと見えるときには、ちょっと奥まった目が、くるくるとして、ことにその特徴である目尻の皺が笑って見えた。

 南国風の、九州人らしい顔であった。


(近藤憲二『一無政府主義者の回想』)


★『大杉栄全集 第四巻』(大杉栄全集刊行会・1926年9月8日)

★『大杉栄全集 第14巻』(日本図書センター・1995年1月25日)

★近藤憲二『一無政府主義者の回想』(平凡社・1965年6月30日)

★大杉豊『日録・大杉栄伝』(社会評論社・2009年9月16日)


●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 20:29| 本文

第348回 バートランド・ラッセル(二)






文●ツルシカズヒコ


 一九二一(大正十)年七月三十日、正午、カナディアン・パシフィック社のエンブレス・オブ・エーシア号が、横浜港からカナダのバンクーバーに向けて出港、同号でバートランド・ラッセルが帰国の途についた。


 博士は愛人ブラック嬢…に助けられ徒歩で其疲れた身体を桟橋に現はしたが

 見送り人には改造社の山本氏大杉栄氏其他二十余名で殊に大杉氏の無造作な浴衣姿が人目を惹き

 大哲人ラツセル博士と東洋の社会主義者との最後の堅い握手が交はされた

「機会があつたら又日本へ」と云ふ名残りの言葉と共に船は奏楽の裡(うち)に徐々(じょじょ)と埠頭を離れた


(『東京朝日新聞』1921年7月31日)

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 大杉は魔子を連れて一緒に来た野枝をラッセルに紹介し、四人は社会運動や官憲の抑圧についてしばし談議した。

『ラッセル自伝 二巻』(『The Autobiography of Bertrand Russell vol.2』)は、見送りに来た大杉と野枝についてしっかり言及している。


 We sailed from Yokohama by the Canadian Pacific, and were seen off by the anarchist, Ozuki, and Miss Ito.

Portal Site for Russellian in Japan


「Ozuki」は「Osugi」の誤記である。





 一八七二年生まれのラッセルは、一九七〇年に没した。

 九十八歳の長寿であった。

『ラッセル自伝 二巻』は死の二年前、一九六八年に出版されたが、ラッセルは野枝のことを「好ましく感じた唯一の日本人」だったと書き、さらに大杉と野枝と橘宗一が憲兵によって虐殺された事件についても、皮肉たっぷりに言及している。


 We met only one Japanese whom we really liked, a Miss Ito.

 She was young and beautiful, and lived with a well-known anarchist, by whom she had a son.

 Dora said to her: 'Are you not afraid that the authorities will do something to you?'

 She drew her hand across her throat, and said: 'I know they will do that sooner or later.'

 At the time of the earthquake, the police came to the house where she lived with the anarchist, and found him and her and a little nephew whom they believed to be the son, and informed them that they were wanted at the police station.

 When they arrived at the police station, the three were put in separate rooms and strangled by the police, who boasted that they had not had much trouble with the child, as they had managed to make friends with him on the way to the police station.

 The police in question became national heroes, and school children were set to write essays in their praise.


Portal Site for Russellian in Japan





 大杉家にはこのとき魔子とエマがいたので、「by whom she had a son」は「by whom she had two daughters」の誤記である。

「the police」も「the military police」であるが、和訳するとこんな感じだろうか。


 私たちは滞日中、唯一好ましい日本人に出会った。

 伊藤女史である。

 彼女は若く美しく、著名なアナキストと同棲していて、一男児の母であった。

 ドーラが彼女に問いかけた。

「官憲が恐くはないの?」

 彼女は首に手を当てて、切り落とすような仕種をしながらこう答えた。

「早晩、こういう運命になるかもしれません」

 関東大震災の際、警官(憲兵)が彼らの家にやって来て、ふたりとまだ幼い彼らの甥を警察署(憲兵隊)に連行した。

 警官(憲兵)たちは甥を彼らの息子だと思いこんでいた。

 警察署(憲兵隊)に着くと、三人は別々の部屋に監禁され、警官(憲兵)たちによって絞殺された。

 警官(憲兵)たちは幼児を虐殺するにも手こずらなかった。

 警察署(憲兵隊)に連行する道すがら、警官(憲兵)たちが彼を手なずけておいたからだが、彼らはそれを自慢げに語った。

 警官(憲兵)たちは国家の英雄になり、学童たちは彼らを賞賛するエッセイを書かされた。



★『ラッセル自叙伝』2巻(日高一輝訳/理想社/1971年8月1日)



●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 20:23| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)『秩父事件再発見』(新日本出版社)など。
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