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第237回 三月革命 [2016/06/04 14:04]
文●ツルシカズヒコ
一九一七(大正六)年三月五日、横浜監獄の未決監に収監されている神近に、横浜地方裁判所は懲役四年の判決を下した。
神近は即、控訴した。
三月六日、『東京日日新聞』社会部記者の宮崎光男が、大杉に取材するために菊富士ホテルを訪れた。
宮崎は東京日日新聞社に移る以前は実業之世界社にいたが、日蔭茶屋事件が起きる二ヶ月前に、東京日日新聞社に入社していた。
実業之世界社時代から大杉と親交があった宮崎は、..
第217回 キルク草履 [2016/05/26 19:44]
文●ツルシカズヒコ
神近市子が日蔭茶屋事件について言及している、以下の三つの資料に沿って、この事件に迫ってみたい。
●『引かれものの唄』
●「豚に投げた真珠」(『改造』1922年10月号/『神近市子文集1』)
●『神近市子自伝 わが愛わが闘争』
逗子の警察に自首した神近は横浜根岸監獄に収監されたが、一九一七(大正六)三月七日に保釈になった。
神近の控訴審判決が出たのは、同年六月十七日だった..
第201回 ララビアータ [2016/05/21 14:33]
文●ツルシカズヒコ
大杉が御宿から帰京したのは、一九一六(大正五)年五月二十七日だった。
今日は私はあなたがおたちになる前に、二三日前からの私の我儘(わがまま)をお詫びして許して頂かうと思ひましたの。
それで、幾度もあなたの処へ行くのですけれど、何んだか自然であなたに話しかける事がどうしても出来ませんでしたの。
さうして、とうたう叉あなたの方から口をお切りになりましたのね。
さうして、私があなたに向つ..
第180回 チリンチリン [2016/05/16 13:12]
文●ツルシカズヒコ
大杉が神近の下宿を訪れたこの日、神近は不意に原稿料が手に入ったので、夕方、東京日日新聞社を出ると銀座に出かけた。
神近は木村屋に行って、 パン類を一円余り買い礼子に送った。
礼子は神近と高木信威(たかぎ・のぶたけ)との間にできた女の子で、神近の郷里(長崎県)の姉のところに里子に出されていた。
高木が妻子持ちの身だったからである。
なお、礼子は一九一七(大正六)年に夭折している。
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