記事
第338回 Confidence [2016/09/01 12:50]
文●ツルシカズヒコ
野枝は『改造』四月号に「『或る』妻から良人へーー囚はれた夫婦関係よりの解放」を書いた。
「性の解放・性的道徳の建設」欄の一文で、野枝の他にミス・ブラック、帆足理一郎、江口渙が執筆。
野枝は冒頭で「もう随分ながく、私は自分の友達を持ちません。そして友達を欲しいと思つたこともありません」と書いている。
『青鞜』時代に親しく交わった小林哥津、野上弥生子との友情を、野枝はときどき懐かしく思い出し、..
第236回 自働電話 [2016/06/03 17:05]
文●ツルシカズヒコ
一九一七(大正六)年の正月、山鹿泰治が本郷区菊坂町の菊富士ホテルにいる大杉と野枝を訪ねた。
二言三言語り合う内に杉が、『それより不愉快な以前の問題を解決しやうぢやないか、大体あんな暴行を働いた以上は謝罪から先きにすべきものだ』といふから、僕は野枝さんに向つて『僕が今もし謝罪したら貴女は愉快になるんですか』と尋ねて見たら、『イヤ、そんな事はありませんが、あやまらなければ今後安神(ママ)して交際は出来ないだけなん..
第205回 スリバン [2016/05/22 14:21]
文●ツルシカズヒコ
女の世界もとうたうやられましたか。
すると、もう私達は何も云ふ事が出来なくなつた訳でせうか。
しかし、他の人に云へる事が何故私達が云つてはいけないのでせうね。
着物の心配までして下さつてありがとう。
もうお天気の今日には暑くてセルを着られませんから、直ぐと単衣(ひとえ)でゐられます。
従妹から湯上りに着るのを二反送つてくれました。
それを仕立てて着てゐればよろしうご..
第204回 ミネルヴア [2016/05/21 19:26]
文●ツルシカズヒコ
野枝のところに「お八重さん」こと野上弥生子から、長い長い手紙が届いた。
野枝は弥生子の手紙の文面を引用しながら、大杉に手紙を書き、弥生子への反論をしている。
……私の今度の事に就いて可なりはつきりと意見を述べてくれました。
しかし私は、もう到底理解を望む事は出来ないと断念しかかつてゐます。
……彼(あ)の人には、恋愛と云ふ事が何んであるか解つてゐないのです。
あの人の恋愛..
第195回 青鉛筆 [2016/05/19 16:10]
文●ツルシカズヒコ
大杉からの五月六日の手紙に、野枝はこう返信した。
停車場を出ると、前の支店でしばらく休んで、それから宿に帰へりました。
帰つてからも室(へや)にゆくのが何んだかいやなので、帳場で話をして、それから室にはいると直ぐあの新聞を読んで、中央公論を読んで仕舞ひました。
思つたほど何んでもなかつたので、すつかりつまらなくなつて室中を見まはしました。
何も彼も出かけた時のままになつてゐます。
..
第189回 両国橋駅 [2016/05/18 14:03]
文●ツルシカズヒコ
辻の家を出た野枝は、とりあえず神田区三崎町の玉名館に身を落ちつけた。
玉名館は荒木滋子、郁子姉妹の母が経営する旅館兼下宿屋である。
荒木滋子は七年後、甘粕事件で野枝が虐殺された直後にこう回想している。
いつでしたか、ずつと以前に、私の処へ突然にお出でになつていろ/\T氏との家庭のもた/\をお話しになつたことがありました。
其節O氏とのいきさつもお話し下すつて一旦自分一人国へ戻らうか..
第187回 桜川 [2016/05/17 21:44]
文●ツルシカズヒコ
そして、弥生子はふとあることを思い出した。
それはつい二、三日前、弥生子の耳に入った野枝が大杉と親密な関係だという噂だった。
そんなことはありえないと考えていた弥生子は、冗談のつもりで言った。
「あなたはM(※大杉)さんと大層仲のいゝお友達だつてことを聞いてよ。本統ですか。」
「何を云つてるのですかね。下らないこと。」
一言の許に斯う笑ひ捨てられるのを予期しながら。
ー..
第186回 謡い会 [2016/05/17 18:49]
文●ツルシカズヒコ
野上弥生子「彼女」によれば、野枝が突然、弥生子に会いに来たのは一九一六(大正五)年の四月下旬のある日だった。
『女性改造』一九二三年十一月号に掲載された、野上弥生子の口述筆記「野枝さんのこと」では、野枝が訪れたこの日を弥生子は「大正五年の三月」(p158)と語っているが、ひとまずここではこの「彼女」の記述に沿ってみたい。
「彼女」の記述から推定すると、この日は四月二十三日と思われる。
そのころ、野..
第161回『痴人の懺悔』 [2016/05/11 11:28]
文●ツルシカズヒコ
『青鞜』六月号「寄贈書籍」で、野枝は木村荘太訳『痴人の懺悔』(ストリンドベルヒ著)と青柳有美『美と女と』を紹介している。
ストリンドベルヒの自伝の一部で氏の最初の結婚生活を書いたもので御座います。
この小説は是非誰にも一読して欲しいものと思ひます。
殊に多くの婦人達に……。
(「寄贈書籍」/『青鞜』1915年6月号・第5巻第6号/『定本 伊藤野枝全集 第二巻』_p230)
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第160回 堕胎論争 [2016/05/11 11:06]
文●ツルシカズヒコ
『青鞜』一九一五(大正四)年六月号は発売禁止になった。
『青鞜』にとっては三度めの発禁である。
『定本伊藤野枝全集 第二巻』「私信ーー野上彌生様へ」の解題によれば、原田皐月が書いた「獄中の女より男に」が「風俗壊乱」だとされたからである。
「獄中の女より男に」は、生活苦のために堕胎した女性の内面を相手の男性に宛てた手紙形式で描いた小説だった。
『東京日日新聞』(六月七日)の「青鞜の発売禁止」という..
第115回 ヂョン公 [2016/04/24 20:30]
文●ツルシカズヒコ
辻一家が上駒込から小石川区竹早町に引っ越したのは、一九一四(大正三)年の夏だった。
野上弥生子「小さい兄弟」では、時間軸が一九一五(大正四)年に設定されているが、この辻一家の引っ越しについての描写もある。
「いやだな、野枝さん。なぜ引っ越さなきゃいけないの?」
素一は、隣りの若い叔母さんである、野枝の顔を見るたびに、そう言って不平を鳴らした。
いよ/\引越の日になるとN子さんの家の裏口ー..
第114回 三角山 [2016/04/24 17:03]
文●ツルシカズヒコ
辻と野枝が北豊島郡巣鴨町上駒込三二九番地から小石川区竹早町八二番地に引っ越し、辻の母・美津、辻の妹・恒(つね)と同居を始めたのは、一九一四(大正三)年の夏だった。
上駒込に住んでいた当時の野枝と野上弥生子の親交については、野枝は「雑音」その他で書いているし、弥生子も野枝を主人公にした小説「彼女」を書いている。
弥生子は「小さい兄弟」という小説も書いていて、その中にも隣人である野枝と辻について、あるいは野枝..