2024年02月01日
『セクシー田中さん』問題
ここ数日、世を騒がせているニュースの中で
受け手であるこちらの心がざわついているのが、
一連の『セクシー田中さん』関連の報道です。
『セクシー田中さん』に関しては、
コミックスもドラマも見たことがない
部外者ではありますが、
コミックを含めた出版社勤務の経験もあり、
ドラマではなくアニメでしたが
原作者と制作会社のせめぎ合いみたいな
場面を経験してきており、
思うところがたくさんあります。
もちろん、実態は知る由もありませんが、
報道から得られた情報から思う
私としての結論は、
テレビ局、脚本家含めた原作として
『セクシー田中さん』という作品を
取り扱う側の意識の低さが酷い、
のひと言につきます。
小説にせよ、コミックにせよ、
絵本にせよ、論文にせよ、
人の手によって書かれた(描かれた)
作品は、作者の方です。
原作表記でも、原案表記でも
引用・二次創作をする場合、
作者が嫌だと思えば
それは著作権侵害にほかなりません。
作者の方が、アレンジについて
寛容な場合ももちろんあって、
それを楽しんでくださる方も
いらっしゃいます。
ですが今回の芦原先生ケースでは、
そう思っていただけなかった上に、
事前にそうした約束があったと
発言されています。
アメリカだったらすぐ訴訟される
案件だと思いますが、
テレビ局も脚本家もとにかく上から目線。
テレビ局のコメントには
弔意のかけらも感じられませんし、
脚本家に至っては迷惑だった感じが
丸出しになったコメントで
物議を醸しています。
(しかも事件発覚後に全消し)
個人的な印象ですけど、
ドラマ化してやったんだから
文句言うな、的な態度に見えます。
私の編集者としての立ち位置からすると、
原作者さんはゼロから世界観、登場人物、
時系列などを産み出した神様です。
作品の頂点に位置する存在で、
その意向は絶対的なもの。
もちろん編集者と意見がぶつかることも
あって、紆余曲折があったとしても
作品として発表された時点で、
その作家さんの創造物です。
もし編集者の意見が通っていても
あくまでも編集協力であって、
最終責任者は作家さん。
ドラマ化するということは、
その作品をお借りする、
使わせていただく、ということ。
忠実にドラマ化するばかりが
正しいことだとは思いませんが、
世界観だけ使わせていただく、
キャラクター名だけ借りる、
という完全な二次創作の場合でも
やはり作家さんの許諾は必要でしょう。
テレビ局は自社コンテンツの
著作権には厳しく対処しそうですけど、
他者の著作権に対してあまりにも無神経。
その辺りが今回の原因だと
思っています。
私は全然テレビを見ない人間で
現在のテレビ番組がどうなっているのかは
全然知らないのですが、
映画を思っても人気作の続編だったり、
原作付きだったりが多くて
オリジナル作が少ない印象です。
脚本家さんの書き込みを見るに、
オリジナルで作品を産み出す苦労
というものがとても軽視されている。
そのオリジナルを借りている立場なのに。
そういう立ち位置にいたいなら
オリジナル脚本で勝負して
作品を残すべきでしょう。
芦原先生と同じような思いを抱いた
経験を持つ、森川ジョージ先生、
高橋しん先生などがコメントを
されていましたが、
今後同じことが起こらないように
テレビ局、出版社ともに
早急に作品を守るルールづくりを
進めるべき。
これまでもこうした問題点があったのに
放置していたことが一番ダメ。
出版業界と映像業界がケンカする状況は
読者・視聴者の立場としては
歓迎するものではありませんので、
今更ではあるけれども、協力して
一歩でも前に進んでいただきたいです。
遅くなりましたが、芦原先生の
ご冥福をお祈りいたします。
受け手であるこちらの心がざわついているのが、
一連の『セクシー田中さん』関連の報道です。
『セクシー田中さん』に関しては、
コミックスもドラマも見たことがない
部外者ではありますが、
コミックを含めた出版社勤務の経験もあり、
ドラマではなくアニメでしたが
原作者と制作会社のせめぎ合いみたいな
場面を経験してきており、
思うところがたくさんあります。
もちろん、実態は知る由もありませんが、
報道から得られた情報から思う
私としての結論は、
テレビ局、脚本家含めた原作として
『セクシー田中さん』という作品を
取り扱う側の意識の低さが酷い、
のひと言につきます。
小説にせよ、コミックにせよ、
絵本にせよ、論文にせよ、
人の手によって書かれた(描かれた)
作品は、作者の方です。
原作表記でも、原案表記でも
引用・二次創作をする場合、
作者が嫌だと思えば
それは著作権侵害にほかなりません。
作者の方が、アレンジについて
寛容な場合ももちろんあって、
それを楽しんでくださる方も
いらっしゃいます。
ですが今回の芦原先生ケースでは、
そう思っていただけなかった上に、
事前にそうした約束があったと
発言されています。
アメリカだったらすぐ訴訟される
案件だと思いますが、
テレビ局も脚本家もとにかく上から目線。
テレビ局のコメントには
弔意のかけらも感じられませんし、
脚本家に至っては迷惑だった感じが
丸出しになったコメントで
物議を醸しています。
(しかも事件発覚後に全消し)
個人的な印象ですけど、
ドラマ化してやったんだから
文句言うな、的な態度に見えます。
私の編集者としての立ち位置からすると、
原作者さんはゼロから世界観、登場人物、
時系列などを産み出した神様です。
作品の頂点に位置する存在で、
その意向は絶対的なもの。
もちろん編集者と意見がぶつかることも
あって、紆余曲折があったとしても
作品として発表された時点で、
その作家さんの創造物です。
もし編集者の意見が通っていても
あくまでも編集協力であって、
最終責任者は作家さん。
ドラマ化するということは、
その作品をお借りする、
使わせていただく、ということ。
忠実にドラマ化するばかりが
正しいことだとは思いませんが、
世界観だけ使わせていただく、
キャラクター名だけ借りる、
という完全な二次創作の場合でも
やはり作家さんの許諾は必要でしょう。
テレビ局は自社コンテンツの
著作権には厳しく対処しそうですけど、
他者の著作権に対してあまりにも無神経。
その辺りが今回の原因だと
思っています。
私は全然テレビを見ない人間で
現在のテレビ番組がどうなっているのかは
全然知らないのですが、
映画を思っても人気作の続編だったり、
原作付きだったりが多くて
オリジナル作が少ない印象です。
脚本家さんの書き込みを見るに、
オリジナルで作品を産み出す苦労
というものがとても軽視されている。
そのオリジナルを借りている立場なのに。
そういう立ち位置にいたいなら
オリジナル脚本で勝負して
作品を残すべきでしょう。
芦原先生と同じような思いを抱いた
経験を持つ、森川ジョージ先生、
高橋しん先生などがコメントを
されていましたが、
今後同じことが起こらないように
テレビ局、出版社ともに
早急に作品を守るルールづくりを
進めるべき。
これまでもこうした問題点があったのに
放置していたことが一番ダメ。
出版業界と映像業界がケンカする状況は
読者・視聴者の立場としては
歓迎するものではありませんので、
今更ではあるけれども、協力して
一歩でも前に進んでいただきたいです。
遅くなりましたが、芦原先生の
ご冥福をお祈りいたします。
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