街中でちょっと異様な光景にも映りますが、城好きには嬉しい景色です
<現地説明板>
現地には詳しい説明板が設置されていますので予備知識がなくても大丈夫です
<惣構と枡形>そうがまえとますがた
右側の図解が分かりやすいですね。目の前の巨大な塊は、かつてあった重厚な土の壁のごく一部に過ぎないことが伝わってきます
左側には、惣構と枡形について説明がなされています。惣構は城そのものだけでなく、城下町を堀や土塁で囲む防御施設のことですね。ここでは『堀や土居(土を盛った土手)で囲んだ』という表現になっています。当ブログでは「総構え」という文字をあてていますが、読みも意味も同じです。説明文によれば、ここ金沢には二重の惣構があったとのこと。
次に升形についてですが、簡単に言えってしまえば、城への出入口に、門や壁・土塁などで取り囲んだ方形の空間を確保する構造のことをいいます(簡単じゃない?)。方形の空間が壁などで囲まれ、容器のマスのような形になることから、升形と呼ばれます。説明文には『惣構の堀と土居を外側に突出させて、通路には門を設けた四角形の空間』と記されています。門が二重になっている枡形を想像する方も多いかと思いますが(特に城好きの方)、図解をみる限り、ここの枡形門は一対です。
説明文には『ここから通じる道は、港がある宮腰(現在の金石)に向かっています』とあります。金石といえば港。町の中核である城と、外との接点である港を結ぶ重要な道ということですね。だからこそ、その出入り口には、念入りな仕掛けが求められたのかもしれません。
(『』内は原文の引用です)
<堀と土居の復元>
地表に見えているのは復元ですが、発掘で見つかった遺構は地下に保存された状態とのこと。つまり目には見えない遺構がこの地下に眠っています。いろいろと配慮した上での復元です。
<地図>
ちょっと画像だと見えにくいですが、赤文字の「現在位置」が、城の本丸からかなり遠いことが分かります。総構え(惣構)の入り口、つまり城下町の防御ラインにいるのですから、当然のことですね。
最後に
先ほどの説明文には『戦いのない平和な時代になると、敵の攻撃から守る役割は小さくなり、土居は崩され、堀は狭められました。この枡形遺構は、金沢城下町の中で唯一、今も残っている大変貴重なものです』と記されていました。戦いなどないに越したことはありません。そして、実用性のない土塁(土居)や堀は通行の妨げになるだけですので、人の暮しの場から姿を消すのは当然です。ただ、だからこそ、その一部を歴史の痕跡として意識して残す。説明文の通りで、貴重なことですね。
<惣構のなごり>
ありがたい場所でした
■訪問:
金沢城西外惣構跡(枡形遺構)
[石川県金沢市本町]1丁目
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■参考及び出典
現地説明板
(金沢市歴史都市推進課)
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