埼玉県川越市の的場駅で撮影しました
的場といえば、弓や鉄砲を練習する所。的を狙って矢を射る、あるいは鉄砲を撃つところですね。そんな地名が残るのですから、そこにかつて「的場があった」と思うのが自然ですね。
では誰の為の的場なのか?
ここ川越市の的場は、小田原北条氏の家臣・大道寺政繁と関係があると言われています。大道寺政繁は北条氏康・氏政・氏直の三代に仕えた重臣です。政繁がここからそう遠くない上戸の城にある時、的場を設けたと伝わります。
<常楽寺>じょうらくじ
こちらは川越市上戸の常楽寺です。かつての城跡の一角に位置するこの寺院には、大道寺政繁の供養塔があります。小田原北条氏が豊臣軍との戦いに敗れたあと、政繁はこの地で自害しました。
現在の川越市的場は範囲が広く、具体的にどこが「的場」だったかはわかりません。ただ、川越を任されていた大道寺政繁は、戦での活躍だけでなく、城下の整備にも力を入れていた武将だったので、的場を整備したという話もごくごく自然な感じがします。
<霞ヶ関駅>
こちらは常楽寺(城跡)の最寄り駅の霞ヶ関駅。直線距離なら1キロ未満です。ちなみに、開業した時(1916年)の駅名は的場駅で、のちに(1930年)霞ヶ関駅に改称されました。冒頭のJR川越線・的場駅の周辺も、ここ東武東上線・霞ヶ関駅周辺も的場なのです。弓や鉄砲の修練場跡は、どっちの駅が最寄り駅なのでしょうね。
ということで
川越の的場のご紹介でした。
■訪問地:川越市的場
■参考
Wikipedia:2022/6/9
猫の足あと
(的場八幡神社の由緒)
https://tesshow.jp/saitama/kawagoe/shrine_matoba_hachi.html
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タグ:埼玉