2007年06月27日
ポリシーの切り売り
最近、ミクシィであるテレビ番組への出演依頼で本人のスタンスを無視し、番組の意図に沿った形での出演依頼をされ断ったと言う日記や書き込みがありました。番組がそこまで枠をガチガチに固めてしまっているのならば、別に役者さんでも良いんじゃないの?と言う気もします。
そう考えると以前に掲示板でも話題になったペドロ氏のようなノンポリの「コンビニエンス・タレント」(海江田さんが彼のブログに書き込みをした事で、その事がより一層明確になりました)がテレビ局としては重宝されるのでしょう。芯がグニャグニャで柔らかいため番組の趣旨に沿って芯を捻じ曲げても、その場その場で番組の上っ面を舐めている視聴者には論客にも見える点も彼の使い安さに感じます。
さて、彼とは違い自分のスタンスを守って出演を固辞したミクシィでの尊敬すべき方々、自分の歩んできた道に汚点を残しかねないと言う単純かつ明快な理由だったのかもしれませんが、結局は「テレビに出たかったから」と言う様な安い理由で飛びつく人間たちでテレビ番組が作られているとしたらとても恐ろしく感じます。
前述の「番組の用意したスタンス」と言うのは超常現象番組における(既にインチキであることが知れ渡っている)ある物証に対し肯定的意見を述べてくれる人間を探す事でしたが、他の例で言えばマジックの種明しを自分なりの理由(って言うか、自分自身に対する言い訳)を用意してノコノコと番組でやってしまうマジシャンも同じような感じではないでしょうか?
ここで改めてテレビ番組がそこまでシナリオを用意しているのなら、「ビリーバー・キャラ」をお手盛りで作れば良いのに。
以前に某超常現象番組の制作に関わっていた人物がある掲示板に次のような書き込みをしていました。例えばある長寿の部族がいたとして、その秘訣を調べた結果DNAの違いによるものだった場合、番組は成立しないと書いていました。根拠が薄くても(そしてこじつけがあったとしても)食生活や生活習慣に起因するものと言う結論を出さなければ視聴者に受けが良くないと。
まぁ、分からなくも無いのですが、そこには真実よりも優先されるものが厳然としてあります。他にもテレビ局が出演者に自由に意見を出させているように見せて実はコントロールしていると言う話がありますが、それはまたいずれ…。