<将門塚碑>
ここは平安時代の豪族・平将門の首を祀っている場所です。都の指定旧跡となっています。
2021年4月にリニューアルしました。私の訪問は2022年7月ですが、普段からよく管理されているせいか、まだ新しい感じがします。
リニューアル前と比べると、やや重厚感のようなものが薄れた気もしますが、以前にも増して凛とした空気が漂います。手を合わせる人たちの真剣さが、なおさら私にそう思わせたのかもしれません。
一部の貴族が政治の中心だった千年以上前、国府を次々に追放して関東を制覇した平将門。
その天下はわずか2ケ月程度であったようですが、武芸をもって既存の秩序を打破した実績は、のちの時代に武士たちが切り開くことになる道筋とつながっています。
敗れた将門の首は、藤原秀郷により京都四条河原に晒されましたが、故郷である東国へ向かって飛んでいき、落下したのがこの地であると伝わります。
将門塚と呼ばれているだけあって、実際に塚があった時期もありましたが、旧大蔵省仮庁舎建設時に崩されてしまいました。将門には祟りの話がついてまわることが多く、工事の最中に当時の大蔵大臣が急死したり、官僚や工事関係が少なからず亡くなったことが話題となったそうです。
平将門の評価は、時代とともに大きく変わります。また、現在においても、どの視点で見るかで評価は大きく変わります。日本三大怨霊(ほかは菅原道真・崇徳天皇)に数えられたりもしますが、ではなぜ、いまだに多くの人がこの地を訪れるのでしょうか?
私は、前回訪問の時に現地で目にした『弱きを助け強きを挫くその性格から民衆より篤い信望を受けました』という神田明神さんによる説明文が忘れられません。
ということで
新しくなった将門塚のご紹介でした
■訪問:将門塚
(平将門の首塚)
[東京都千代田区大手町]1-2-1
■参考及び出典
Wikipedia:2022/7/23
現地説明板(2019年04月22時点)
お城巡りランキング
-----------(追 記)-----------
リニューアルする前に訪問した時の投稿です。良かったら覗いてみて下さい。
<画像>
■投稿:2019年04月22
■タイトル:ビルの谷間の将門塚
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