今回は北条氏康率いる軍勢が築いたとされる土塁の話です。
<土塁>
住宅地にそびえ立つ土の塊がひときわ目を引きます。
<北条氏の土塁>
この土塁は松山城を攻める小田原の北条氏が、この地に陣を敷いた際に築き上げたと考えられています(1562年: 松山城の戦い)。
<説明板>
現地説明板の後半にその旨が記載されています。いわば戦国時代のなごりということですね。
この頃の北条氏は関東へ勢力を拡大している真っ最中。現在の埼玉県では、上杉謙信とこれを支持する岩槻の太田氏が激しくこれに抵抗し、壮絶な戦いが繰り返されていました。東松山市の松山城は、両者の争奪戦の舞台となった城。その城を攻略すべく兵を進めた北条氏が、陣城としてこの地を利用し、堀や土塁を築いたということですね。
宅地化が進むなかにあって、そのなごりを今でも感じることができる。凄く素晴らしいことに思えるのは、私だけではないはずです。立派な石垣や天守閣のある城も魅力的ですが、こういった歴史の破片のようなものに、心ひかれてしまいます。
<高済寺>
お邪魔したのは東松山市高坂の高済寺さんです。
実はここを訪ねるのは二度目です。前回訪問した頃には、開発により遺構が失われるのではないかという噂もありました(城好きの仲間内の話です)。それを自分の目で確認したかった。今回はそんな感じの訪問でした。
<前回訪問>2019年1月
<今回訪問>2021年5月
土塁は勿論、埋められてしまうのではないかと言われていた堀も残っています。人様の敷地ですからとやかく言えませんが、安心しました。
ということで
土塁も堀もしっかり残っていたというだけの内容でした。ここ『高坂館跡』については別途投稿しておりますので、良かったら覗いてみて下さい。
■投稿:2019年03月09日
■タイトル:高坂館跡
北条氏の土塁・加賀爪氏歴代の墓
→『記事へすすむ』
以上です。
拙ブログにお付き合い頂き、ありがとうございます。
■訪問:高済寺(高坂館跡)
[埼玉県東松山市高坂]834
■参考:現地説明板
(東松山市教育委員会)
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