道灌が大勝負の際に陣を敷いた場所を訪ねました。
■ 陣城跡 ■
<沼袋氷川神社>
太田道灌が江古田原・沼袋の戦いで陣をしいた神社。西武新宿線「沼袋駅」近くです。やや高台になっており、宅地化されていながら地形的には城跡でもおかしくないような雰囲気です。陣城だったことは間違いなさそうです。
<道灌杉の案内板>
道灌杉は、太田道灌が豊島氏と戦った際、社殿の前に杉の苗木を植えて勝利を祈願したことからそう呼ばれるようになったそうです。高さ30mに達する巨樹。現地の説明文によると、昭和19年(1944年) 頃に枯れてしまったとあります。そんな最近(長い歴史で考えれば)までこの地にそびえ立っていたのですね。現在は杉の根だけが残っています。
■ 足軽戦法も勝因? ■
道灌は足軽戦法の生みの親とも言われています(実態は不明)。足軽が戦う姿は、時代劇などを見慣れた我々にはイメージしやすいですが、古くは武将同士の一騎打ちが戦の中心でした。道灌は当時としての常識を覆し、敵の名だたる武将を大勢の足軽で襲撃する手法を戦場に持ち込みました。この地での合戦においても、豊島軍の騎馬武者に、軽装の足軽が集団で攻めかかったことが勝因とする説もあります。
もしかしたら「卑怯」と罵られたかもしれませんね。
私が豊島軍の一員なら、きっとそう言ったと思います。なにせ新しいこと苦手ですから、、、。
優れた戦術は、それまでの慣習や常識を無視するところから生まれます。足軽戦法は、すぐに戦国時代の常識になりました。悲劇の最期を知っているせいでしょうか・・・
太田道灌が重ねる活躍は、どれも清々しく感じてしまいます。
■訪問:沼袋氷川神社
[東京都中野区沼袋]
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