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2022年04月19日
志賀海神社の摂社、仲津宮・沖津宮 【海龍神】
創建等は不明。
社伝では,古くは志賀島の北側、
勝馬浜において表津宮・仲津宮・沖津宮の3宮から成っていたが、
阿曇磯良により、そのうち表津宮が志賀島南側に遷座して
志賀海神社となったそうです。
仲津宮・沖津宮は現在は摂社となっています。
仲津宮(勝馬宮)
【御祭神】仲津綿津見神(なかつわたつみのかみ)
中津宮古墳
この古墳は、7世紀前半ごろ(古墳時代)に造られたもので、
勝馬を基地とした海人集団の首長の墓と考えられます。 この古墳は円墳で、円丘の径7m、高さ1.55mの大きさをもち
中津宮の前庭に位置しています。
埋葬は、まず、長さ約3.8m、幅約2.8mの長方形の竪穴を掘り、
その中に平たい石を用いて、4段以上に組み石室を造り(堅穴系石室)、
少なくとも5体の埋葬が行われていたと考えられます。
石室の床面には、
須恵器の浅底のお椀のようなもの(杯身・坪蓋)、須恵器の壷、
鉄鏃・鉄矛・刀子・鉄斧などの鉄器、表面に銀をはった金属製の耳環、
ガラス製管玉・小玉等が副葬されていました。
沖津宮(おきつぐう)
【御祭神】表津綿津見神・天御中主神
鎮座地
福岡県福岡市東区勝馬
2022年04月18日
トトロの森に鎮座する雨乞いの神様 【雨宮神社】 熊本県球磨郡相良村の神社
雨宮神社(あまみやじんじゃ)
雨宮神社の創建は不詳とされており、
かつては神殿などはなくこの雨宮の森自体をご神体として、
祈りの対象としていたのではないかといわれています。
永享年中(1429-1441)に頃に再興されて後、
延徳年中(1489-1492)頃に修造。永正9年(1512)大風のため破損。
同13年(1513)に社殿を作り替え、元禄6年(1693)を修造。
文久2年(1862)8月改造の記録があります。
明治元年(1867)に雨宮大明神の名称を雨宮神社と改称し、
明治40年(1907)頃に神殿を造営。
人気アニメ『夏目友人帳』の舞台の一つとしても知られ
ファンの間では聖地となっています。
社殿の奥には、奥の院である
「三産(シャンシャン)くぐり」と呼ばれる巨石のトンネルがあります。
そこをくぐると、「幸せを産む」「安産」「金を産む」という
三つの「産」を授かるご利益があるとされています。
御祭神
天之水分神(あめのみくまりのかみ)
国之水分神(くにのみくまりのかみ)
久比邪持神(くいなもちのかみ)(久比奢母智神くひざもちのかみ)
高於加美神:たかおかみのかみ(高龗神:たかおかみのかみ)
舟玉命(ふなたまのみこと)
雨宮神社は雨乞いにご利益があるということで、
現在でも干ばつの時には多くの人が参拝に訪れるそうです。
鎮座地
熊本県球磨郡相良村大字川辺5886
2022年04月08日
飛竜の彫刻 【下梶屋神社(綿津見神社) 八竜宮】 熊本県山鹿市の神社
由緒は、 宝徳元年(1449年)砦村寺町神社の分社として勧請。
「鹿本郡誌」には、南朝後村上天皇の
正平年間(1346-1369)勧請とあります。
旧社格:村社
御祭神
綿津見神・ 天御中主神
ご利益
豊漁祈願、航海安全、海上安全、水難除け、火難除け、
開運招福、長寿、厄除け、病気平癒、安産など
【飛竜の彫刻】
文化年間(1804-18)、隣部落の袋田に甚左という大工がいた。
左甚五郎のような名作を作りたいと八竜宮に祈願していたが、
ある夜竜に襲われる夢を見て目を覚まし、
ハッと気が付き一気にその竜を彫り上げて宮に奉納し、
そのまま部落から姿を消してしまった。
それから後、この竜が宮から抜け出し、
宮の近くの竹の花淵で水浴びするといううわさが広まるようになった。
村人はついに天井の竜を釘で打ちつけお祓いをしたので
怪しい話は聞かなくなったという。
鎮座地
熊本県山鹿市鹿本町梶屋273