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第228回 塩瀬の最中 [2016/05/31 12:42]
文●ツルシカズヒコ
日蔭茶屋事件が起きる直前、大杉と野枝の訪問を受けていたらいてうは驚いた。
神近が『青鞜』から離れて以降、らいてうは彼女と疎遠になっていたが、彼女が大杉が主宰するフランス語教室やフランス文学研究会に参加しているらしいという噂話はどこからともなく聞いていた。
しかし、らいてうは神近と大杉が傷害事件に発展するような深い間柄であることは、まったく知らなかった。
こんないたましい破局に、神近さんが、..
第217回 キルク草履 [2016/05/26 19:44]
文●ツルシカズヒコ
神近市子が日蔭茶屋事件について言及している、以下の三つの資料に沿って、この事件に迫ってみたい。
●『引かれものの唄』
●「豚に投げた真珠」(『改造』1922年10月号/『神近市子文集1』)
●『神近市子自伝 わが愛わが闘争』
逗子の警察に自首した神近は横浜根岸監獄に収監されたが、一九一七(大正六)三月七日に保釈になった。
神近の控訴審判決が出たのは、同年六月十七日だった..
第178回 欧州戦争 [2016/05/16 11:20]
文●ツルシカズヒコ
『青鞜』一九一六年二月号に野枝は「白山下より」を書いた。
地方在住の『青鞜』の読者が家出をして青鞜社社員の家に転がり込むケースがあったと、平塚らいてうも『元始、女性は太陽であった 平塚らいてう自伝(下巻)』(p572)に書いているが、「白山下より」によれば、野枝もそういうケースに遭遇していたことがわかる。
前年の秋ごろまで原田皐月を頼って家出をした女性がいた。
いろいろあって、その女性は皐月の家..
第173回 戦禍 [2016/05/14 18:27]
文●ツルシカズヒコ
野枝は石炭を運ぶ肉体労働者について『青鞜』にも書いた。
……貯炭場に働いている仲仕たちーー仲仕と云へば非常に荒くれた人たちを想像せずにはゐられないけれど此処に働いてゐるのはこの土地の人たちばかりでそんなに素性の悪いやうな人たちは少しもいない。
そしてその中には女もまぢつてゐる。
その人たちのうごかすシヨベルの音が絶え間なく私の家の中まで聞こえて来ます。
それは夜私たちが眠つてゐる間も続..
第171回『門司新報』 [2016/05/14 13:03]
文●ツルシカズヒコ
『女の世界』(第一巻第四号・一九一五年八月)に載った「野依社長と伊藤野枝女史との会見傍聴記」について、野枝はしきりに反省している。
……あの野依(のより)と云ふ人を厭な人だとは勿論思ひません。
どちらかと云へば気持のいゝ人の方ですがーーあの人の態度とか思想とかについては私とは何のつながりもないことを知りすぎてゐました。
其処で私の不純な悧巧が頭をもたげたのです。
おまけに向ふの問ひ方..
第170回 千代の松原 [2016/05/14 12:58]
文●ツルシカズヒコ
一九一五(大正四)年七月二十日、辻と野枝は婚姻届を出した。
七月二十四日朝、野枝と辻と一(まこと)は今宿に出発した。
この帰郷は出産のためで、十二月初旬まで今宿に滞在した。
野枝が次男・流二を出産したのは十一月四日だった。
今月号から日月社の安藤枯山(こざん)氏の御好意で私の留守中丈(だ)け雑務をとつて下さることになりました。
多事ながら面倒なことをお引きうけ下すつた御厚意を深..
第167回 野依秀市(二) [2016/05/13 18:20]
文●ツルシカズヒコ
野依社長は野枝サンが何を聞いても巧く言ひ逃げるので、
何やら話題を考へて居るらしく暫(しばら)く黙つて居たが、
間もなく砲門を開いた。
野依『アナタは凡(すべ)の男性に対してどう言ふお考へをおもちですか。』
伊藤『妾は喋る事が下手ですから一寸言へませんよ。』
野依『猾いネどうも……』
と再び砲門を閉ぢて密(そつ)と欠伸(あくび)をした。
野依『第三帝国』では一枚いく..
第164回 三面記事 [2016/05/12 18:59]
文●ツルシカズヒコ
『青鞜』七月号「編輯室より」から野枝の言葉を拾ってみる。
●……それで前号にも申しましたやうに八月は一月やすみまして九月の紀念号からしつかりしたものを出したいと思ひます。それで九月号には堕胎避妊についてのお考へを成るべく多数の方から伺ひたう御座います……何卒読者諸姉のまじめなお考へを伺ひたいと思ひます。
●私は七月中旬迄には一度九州の実家へかへらうと思つてゐます。
九月号の原稿は七月十日過ぎなら..
第160回 堕胎論争 [2016/05/11 11:06]
文●ツルシカズヒコ
『青鞜』一九一五(大正四)年六月号は発売禁止になった。
『青鞜』にとっては三度めの発禁である。
『定本伊藤野枝全集 第二巻』「私信ーー野上彌生様へ」の解題によれば、原田皐月が書いた「獄中の女より男に」が「風俗壊乱」だとされたからである。
「獄中の女より男に」は、生活苦のために堕胎した女性の内面を相手の男性に宛てた手紙形式で描いた小説だった。
『東京日日新聞』(六月七日)の「青鞜の発売禁止」という..
第147回『三太郎の日記』 [2016/05/07 19:44]
文●ツルシカズヒコ
『青鞜』一九一五(大正四)年三月号「編輯室より」が、野枝の『青鞜』二代目編集長としての孤軍奮闘、いや悪戦苦闘を伝えている。
●毎月校正を済ますとほつとしますけれども直ぐ後からいら/\して来ます。何故こう引きしまつたものが出来ないのだらうと情なくなつてしまひます。自分の無能が悲しくなります。でも兎(と)に角(かく)出来る丈よくしたいと努力はしてゐます。二カ月三カ月と進んでゆくにしたがつてだん/\苦しくなつて来ます..
第146回 中村狐月 [2016/05/06 22:37]
文●ツルシカズヒコ
大杉が野枝宅を訪れたのは、『青鞜』二月号が大杉のところに送られてきてから十日ほどだった、二月十日ごろだった(大杉豊『日録・大杉栄伝』)。
一日も早く彼女に会いたいと思いながらも、体調がすぐれず、急ぎの仕事もあった。
そして、漸く彼女を訪づれはしたものの予期したやうにTの前ではどうしても其の話を打ちだす訳には行かなかつた。
彼女も其の話に就いては一言も云はない。
『Tがゐなかつたら。』
..
第145回 ゾラ [2016/05/06 22:30]
文●ツルシカズヒコ
大杉が野枝から受け取った手紙は、何か新しいものをもたらすものではなく、彼女の考えのことさらの表明にすぎなかった。
しかし、彼女のそのことさらの表明が大杉は嬉しかった。
特に著書の批評をするのに、これほどまでいろいろと神経質に言ってくるのが嬉しかった。
そして、野枝が谷中村の話にひどく感激させられたことを、自分に知らせてきたことで、大杉は野枝に内的親しみを持った。
僕は直に、彼女に何んと..