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2016年05月14日

第170回 千代の松原






文●ツルシカズヒコ



 一九一五(大正四)年七月二十日、辻と野枝は婚姻届を出した。

 七月二十四日朝、野枝と辻と一(まこと)は今宿に出発した。

 この帰郷は出産のためで、十二月初旬まで今宿に滞在した。

 野枝が次男・流二を出産したのは十一月四日だった。


 今月号から日月社の安藤枯山(こざん)氏の御好意で私の留守中丈(だ)け雑務をとつて下さることになりました。

 多事ながら面倒なことをお引きうけ下すつた御厚意を深く感謝いたします。


(「編輯だより」/『青鞜』1915年9月号・第5巻第8号/『定本 伊藤野枝全集 第二巻』_p268)

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 日月社の住所は「東京本郷区元町二ノ廿五」である。

『定本 伊藤野枝全集 第二巻』解題によれば、野枝は『新公論』八月号の「三面記事評論」欄で「女絵師毒絵具を仰ぐ」を書いているが、他の事件を評論している書き手のひとりが安藤枯山である。

『元始、女性は太陽であった 平塚らいてう自伝(下巻)』によれば、野枝の留守中の『青鞜』の事務は日月社に、編集は生田花世に委託したようだ。

『青鞜』同号の「編輯だより」には、こんな文面もある。


 滞在中九州地方に近い処の方は何卒おあそびにお出で下さいまし、なるべくこんな機会にお目に懸れる方には懸かつておきたいと思ひます。

 博多駅から三里西の方です。

 福岡市内は電車の便があります。

 それからは軽便鉄道で六つ目の停車場で降りればいゝのです。


(「編輯だより」/『青鞜』1915年9月号・第5巻第8号/『定本 伊藤野枝全集 第二巻』_p269)





 今宿に帰郷した野枝たちの行動は、矢野寛治『伊藤野枝と代準介』に詳しい。


 ……二人は約四ヶ月の長きに亘り、今宿の実家と従姉・千代子の家、また西職人町(現・福岡市中央区舞鶴二丁目)、福岡玄洋社そばにあった代準介・キチ夫婦の家に滞在した。

(矢野寛治『伊藤野枝と代準介』_p98)


 野枝は……十一月四日に次男・流二を生むと、西職人町の代準介の家で一ヶ月ほどを過ごし、辻潤と一(まこと)を連れて、十二月の頭に東京に戻った。

 その頃、従姉・千代子は今宿で暮らしており、二歳の一(まこと)を預かり、一歳の娘・嘉代子(筆者の妻の母)と遊ばせていた。

 帰京の日、千代子は野枝に産着や沢山のおしめを分け与え、持たせたという。


(矢野寛治『伊藤野枝と代準介』_p106)





 八月十日ごろ、野枝は原稿用紙にペンを運び、生田花世に宛てた書簡スタイルの原稿を書き始めた。


 生田さん、私たちは今回三百里ばかり都会からはなれて生活して居ります。

 私達のゐます処は九州の北西の海岸です。

 博多湾の中の一つの小さな入江になつてゐます。

 村はさびしい小さな村です。

 お友だちのことなんか考へてゐますと夜分にも会へるやうな気もしますが……あの窮屈な汽車の中に二昼夜も辛抱しなければならないのだと思ひますと、何だかあまり遠すぎるのでがつかりします。

 此処は私の生まれ故郷なのです。

 けれども……こんな処にどうしても満足して呑気(のんき)に住んではゐられません……何の刺戟も来ないのですもの。

 単調な青い空と海と松と山と、と云つたやうな風でせう。

 此処で生れた私でさへさうですから、良人(おっと)などは都会に生れて何処にも住んだことのないと云つていゝ程の人ですからもう屹度(きつと)つまらなくて仕方がないだらうと思つてゐます。

 私は東京にゐる間からかけづり歩いた疲れも旅のつかれも休めると云ふやうなゆつくりした折は少しもないのです。

 体はいくらか樂ですけれども種々な東京に残した仕事についての煩(わずら)はしい心配や気苦労で少しも休むひまがなく心が忙(せわ)しいのです。

 大分青鞜が廃刊になるとか云ふうはさも広がつたやうですが私はどんなことをしても廃刊になど決してしないつもりです。


(「九州よりーー生田花世氏に」/『青鞜』1915年9月号・第5巻第8号/『定本 伊藤野枝全集 第二巻』_p261~262)





 辻はこの長期の今宿滞在について、こう述懐しているだけだ。

 
 千代の松原を眺めると、今宿の海岸で半年近く暮らしたことを思い出さないわけにはいかない。

(「陀々羅行脚/『世紀』1924年12月号・第1巻第3号」/五月書房『辻潤全集 第二巻』_p)


「陀々羅行脚」は一九二三(大正十二)年春の旅行記である。

 辻はその年の夏には原稿を「殆ど半分以上かいた」のだが、震災で失われ、翌年に書き直したものである。

 一九二三年の春、博多を訪れた辻は桜が咲き誇る西公園(大濠公園)が気に入った。

 西公園から博多湾を眺望した辻が、八年前の今宿滞在を思い出しているのである。





★『定本 伊藤野枝全集 第二巻』(學藝書林・2000年5月31日)

★矢野寛治『伊藤野枝と代準介』(弦書房・2012年10月30日)

★『辻潤全集 第二巻』(五月書房・1982年6月15日)



●あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝 index



posted by kazuhikotsurushi2 at 12:58| 本文
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1955年生まれ。早稲田大学法学部卒業。『週刊SPA!』などの編集をへてフリーランスに。著書は『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995 おたくの時代を作った男』(朝日新聞出版)『秩父事件再発見』(新日本出版社)など。
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