2017年07月09日

城用語 野面積み (のづらづみ)

石垣山を訪ねたついでに、石垣についてちょっと触れさせて頂きます。

石垣の分類
石垣の分類方法もいくつかあるのですが、ここでは良く耳にする野面積みなど「石の加工具合」を基準にした分類をご紹介します。

@野面積み 
これは「のづらづみ」と読みます。自然の石をそのまま積み上げて石垣を築きます。石そのものの加工はほぼしません。よって石垣の石の形に統一性がありません。
これだと隙間が多く、表面の凹凸も目立つので、攻め手は根性で登れてしまいますね。ただ石と石の間から雨水が排出されるため、頑丈という長所もあります。表面は石でも内部は土の塁ですので、土の環境も大切ということになりますね。この技法が用いられたのは中世です。

<石垣山城の石垣>@の例
shirononagoriICHIYAJO (10).jpg
石垣山城「井戸曲輪」の内側の石垣。多少は崩れていますが、比較的良好な状態のまま残っています。四百年たっても残されているなんて凄いですね。


A打込み接ぎ 
打込み接ぎ(うちこみはぎ)は表面部分の石の角や面をたたいて平たくし、石の隙間を減らした石垣のことです。野面積みよりワンステップ上の方法ですかね。この方法により、従来より高くて急勾配の石垣を造ることが可能となりました。中世末期から江戸にかけての技法です。

B切込み接ぎ 
これは石を四角に整形し、密着させて積み上げる方法です。石垣で最も重要な角の部分(隅石)で良く見られます。江戸時代になると、隅石のみならず、平石(普通の側面)にもこの技法による石が使われるようになりました。ただ、これだと内部に溜まった水の行き場がありませんね。そこで適所に排水口が設けられているのが普通です。

<江戸城の石垣>ABの例
shirononagori ishigaki.jpg
こちらは江戸城桔梗門付近の石垣です。門のすぐ右手部分(画像中央)は、四角に整形された石が隙間なく積まれていますね。Bです。
他の部分はAになります。石はある程度加工されていますが、隙間を残しても良い程度の加工です。現在の皇居ですから、かなり手直しされた石垣ですが、AとBを比べ安いようにこの画像にしました。

■石垣のメリット■ 
普通に考えて、土より石の方が強そうですね。武器に対する耐久性は確かに上です。ただ、土塁も原始的に見えてけっこう丈夫なんですよ。土の塊ですが、矢であろうが鉄砲の弾であろうが、貫通することはありません。
注目すべきは、やはり長いあいだ風雪に曝されても劣化しにくいこと。そして、土塁より勾配を急にすることがでること。更に地盤がしっかりするので、急傾斜の塁の上ギリギリの所まで建造物が建てられるということですね。この利点を活かした例が、ドラマの戦闘シーンなどで良く見かける「石落とし」。まぁ行為としては石を落とすだけなのですが、これは防衛上かなり有効です。自分が攻め手で、急な傾斜を登っている最中のことを想像してもらえれば、如何に厄介なものか分かりますよね。

■進化する石垣■ 
このように、城の石垣を見れば、それがいつの時代のものかだいたい検討がつきます。ただ、石の加工技術が普及した後でも、野面積みがなくなった訳ではないので、あくまで目安ですね。また、今回はあくまで「石の加工の具合」での分類をご紹介しましたが、積み方ほかさまざまな分類があり、それらとセットで石垣を見ると「いつ頃の石垣なのか」更に推定しやすくなります。

私はどちらかというと「中世の土の城」ファンで、こんな城ブログをやっているわりに石垣には詳しくありません。それでも、大まかに知って入れは「ああ、この遺構は中世のものではないなぁ」といった気づきに役立ちます。そんな思いを共感できれば嬉しいので、ご紹介させて頂きました。


----------追 記------------
■小田原の石材■ 
<石垣山城駐車場の石>
shirononagori ishigakiyama11.jpg
これは石垣山一夜城歴史公園の駐車場に展示されている石です。大きいです。ただ明らかに石垣山城のもの(下の画像)とは違いますね。どこが違うかというと、石の加工のレベルです。石垣山城の傍に展示されていますが、秀吉より後の時代(江戸時代)のものですね。

<石垣山城の石>
shirononagori ishigakiyama15.jpg

今回の訪問で初めて知ったのですが、この付近は石材の有名な産地。小田原から伊豆地方にかけての相模湾に面するエリアには、石垣を造るための石を切り出す石丁場が存在していました。この石垣山城の近く(石垣山の西斜面一帯)にも有名な石丁場(早川石丁場)跡が存在します。箱根火山により生成された石材は、石垣が進化した時代には重宝がられ、江戸城でも多数使用されました。

石垣を積む時、角になる部分の強度は重要なポイントです。この部分に使われる石を隅石(すみいし:「角石」)と呼びます。小田原で採取された良質で大きな石材は、江戸城石垣の特に隅石で使われました。

しかしこんな重くて大きな石を、江戸までどうやって運んだのでしょうか?

これは舟だそうです。巨大な石を載せて沈まない舟。相模湾から江戸まで。昔の人がすることは、現代人の想像を超えていますね。

----------追記2------------
■野面積みの代表例■
『野面積み』で検索して当ブログに訪問頂いた方のために、代表例ともいうべき石垣の画像を貼っておきます。
<浜松城> 
shirononagoriAD5 (2).JPG
浜松城の天守台の石垣です。2019年10月の訪問時に撮影しました。土の塁だと、ここまでギリギリの所に建物は築けません。

<野面積み>
shirononagoriAD6 (1).JPG
自然の石を積み上げています。

<隅石>
shirononagoriAD6 (2).JPG
石垣の重要ポイントである隅石も、自然の石をそのまま積み上げているわけですね。

以上です


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■お勧め本(入門者向き)■
当ブログ内でも『枡形』とか『障子堀』『狭間』といった城用語をときどき説明させて頂いてますが、この本ではもっとわかりやすく、そしてなにより「実感」がわくような説明がなされています。科学というとひいてしまう方?いますでしょうか。いえいえ、本当に分りやすい。私自身も愛読者のひとりです。

タグ:城用語
posted by Isuke at 00:04| Comment(0) | TrackBack(0) | その他
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