2019年11月24日

城用語 陣屋

今回は陣屋についてです。

<永田陣屋跡>
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こちらはさいたま市西区土屋の陣屋跡。江戸後期創建の長屋門が立派です。徳川家康の家臣で、関東郡代をつとめた伊奈忠次が築いたことに始まります。伊奈陣屋、又は地名から土屋陣屋とも呼ばれています。

よく耳にするこの『陣屋』という言葉。当ブログでは『代官などの館あるいは役所、又は城を持てない大名や旗本の屋敷』といった表現で説明してきました。間違いではないのですが、ちょっと整理してみたいと思います。恒例のようにウィキペディアさんから情報を頂きます。

『一般的に3万石以下の城を持たない大名が陣屋を持った、また上級旗本も知行地に陣屋を構えた。さらに大藩の家老の所領地である知行所の政庁が置かれた屋敷も含まれる。飛地を所領に持つ大名が、現地の出張所として陣屋を設置することもあった。また、箱館奉行所や長崎奉行所なども陣屋として扱われることがある。さらには幕府直轄領地である支配所に置かれた代官所を含む場合もある。領主の領地の居地をあらわす用語は、城主の居城に対して、陣屋を居地とする場合は在所という。』
(出典:Wikipedia 2019/11/24)

とのこと。小大名というイメージでしたが、3万石くらいが目安のようですね。あとはだいたいイメージ通りですが、そう『飛び地』の出張所も陣屋でしたね。

<松山陣屋跡>
shirononagori318 (1).JPG
こちらは石碑しかありませんが、埼玉県東松山市にある『前橋藩』の陣屋跡です。埼玉で群馬の前橋?諸事情により、前橋藩には現在の埼玉県内に領地がありました。これにより、藩の出先機関を設ける必要がありました。これも『陣屋』ということですね。

ということで、やはり大筋では
『城を持たない小大名や上級旗本の屋敷』『それなりの役人の詰め所』といった理解で良いかと思います。ただ、これらは概ね江戸時代の呼び方なので、もうちょっと幅のある使い方がされていることや、戦においける陣所のような使われ方もしていることだけ追加しておきます。

以上
私と同じく、かなり漠然と受け入れてきた方と共有できれば嬉しいです。あと念のためですが、城好き素人のブログに過ぎませんので、その点はご理解下さい。


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posted by Isuke at 00:34| Comment(0) | TrackBack(0) | その他
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