燠火・おきび

今年もあと数日で終わろうとしている。
新しい年への期待なのか、年の終わりに対する喪失感なのか、淋しさなのか外ではシンシンと、何か得体のしれないきらきらした心のかけらが降りているようだ。
こうして大晦日となり、除夜の鐘が鳴り終わったとしても、何が変るわけでもない。
また明日の朝も、東から日が昇り、夕がたになれば沈んでいくだろう。
永く生きていると、こうした静かな繰り返しがいつまでも続くものと錯覚してしまう。

今年を振り返れば、やはりあの恐ろしい3.11のことが想い起されてしまう。
辛く痛ましい出来事だった。

地が割れ、山が動いた
海が襲った

地球にしてみれば、ただこれだけのことが垣間見せた、自然の巨大な力の一端。
眼を覆うばかりの破壊。阿鼻叫喚の巷。
恐ろしくそして巨大な喪失。

知恵さえあれば、どのようにもコントロールできると、問題先送りのまま、人間が推し進めてきた原子の領域への土足での踏み込み。

そして10ｹ月になろうという今、この苦しくも意味深い、物質文明への大きな教訓を本当に生かすことなどできるのだろうか、わが日本は。

本当はまだ復興も始まっていないこの段階で、必死に戦っておられる段階であれこれ振り返るのは被災された方々に対し失礼なのではないか。
そう思う反面、テレビをひねれば、相も変わらず、犯人探しの繰り返し。
性懲りもない現実主義者。「理想ばかり言っても現実に、今の生活を考えれば・・・」

こうしてまた、地方の苦しみを、これだけ大きな犠牲を、「のど元過ぎれば」で葬り去って、依然として同じ「成長？」とやらにまい進する風潮で塗りつぶされそうになるのを見るにつけ、黙ってはいられない気持ちになった。
戦う相手を間違っていないか？
拝金主義者や、既得権者を守るためではなく、戦うべきは我々の内なる「際限のない物欲」なのではないか？

今回の教訓とは一体何だったのだろうか。

私はそれは「喪失に対する断念の意味を知る」ことではなかったろうか、と思います。

事故や病気でかけがえのない家族や友人や約束びとを失うことの気持ち、更には何代も掛けて積み上げた財産を一瞬にして失うことは、本当に辛く切ない体験です。
そこへ持ってきて自らが体験したあの恐るべき地鳴りと強烈な揺れや海底からの全てを飲み込む怒涛の大波の恐怖が重なれば気がおかしくならない方が、不思議なほどの強烈な体験です。

それでも我々は生かされた。
何故私だけが？と罪悪感にさいなまれるのは、無理もありません。
心ある報道から、このように心にぽっかり大きな穴のあいた喪失感に、やり場のない気持ちのままどうしたらいいのか正面から向き合って苦しんでいる方々の心の叫びを知りました。

酷なようですが、喪失を治す薬はありません。どんな慰めの言葉も無意味に聞こえるただただその辛い気持ちの中で耐えながら、時の過ぎるのを待つしかないのです。

そして今ようやく少しずつですが、弱々しくも立ちあがろうという気持ちが芽生えてきているのでは
ないでしょうか。

それは以前と同じ様な暮らしをｲﾒｰｼﾞしての立ちあがりでしょうか。

違うと思います。犠牲になられた方々が数多くあったという悲惨な事実は決して消えません。お前に何が判る！と言われても返す言葉がありません。ですからこれは外野からの勝手な推測にすぎないのかもしれません。

でももし再び立ちあがる気持ちになれたとしたら、この心の中の大きな穴は何が埋めてくれるんでしょうか。それは「何か」としか言いようがありません。
それでも埋まったんです。埋まらないで立ちあがることができる筈がありません。

それは根本的な「気付き」から始まったのではないでしょうか。

ガンで幼い子を失った両親は、「この世の終わり」と思った辛く長い日々を送った。数年後、その辛い日々を乗り切った両親は、思っても見なかった境地に到達する。

「最初からあの子が生まれてこないで、あの子を一度も愛したことが無い人生よりも、あの子を愛し、そして失った人生の方が良かった」と。

これは世界的に影響を与えた精神科医のキューブラ・ロスさんの本からの引用ですが、彼女は又次のようにも語っている。

「人生のある時点で、喪失を嘆いている対象の人やものが、実は本当は自分のものではなかったことに、少なくとも自分が思い続けてきたような意味で自分のものではなかったことに気付くのだ。
それに気付いた時、失っていたと思っていたものや人が、それまでと違った意味で、いつまでも自分のものである事を理解するようになる」と。

共著のケスラーの言葉を引用すれば、「所有と思っていたものが実は貸与であったことに思い知らされる。」
自分の肉体、優秀な成績、美しい美貌、高い役職、大切にしてきた宝物、全てが、永遠になど続かない、いつかは返さなければならないもの、つまりありがたい借り物だったことに気付くことだった。

そして返した後の、つまり喪失したあとの大きな穴は、先ほどの両親の「愛し、そして失った人生の思いで」で埋め尽くされるのだ。

そうして「断念すること」で最大の危機を乗り越えた人の心には、欲や恐れは消え去りただただ、今ある自然の恵みに対する感謝しか残らない。

以前と全く同じように見えるその人の中身は、人の痛みが判る、感謝の意味が判る、全てが宇宙から借りたに過ぎないとしても、唯の平凡な現実のありがたさに感謝できる、自然界での人間の立ち位置の判る強く、そして壊れやすい優しい心を持った幸福に・愛に満ち溢れている。

そのことをこそ、我々日本人は発見しなければならないんじゃないでしょうか？

　　またたきておほつごもりの燈なりけり(七田谷まりうす)

皆さん、来年こそ良いお年を！

Posted by 冬の紳士 at 10:43 | この記事のURL | コメント(105)

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