燠火・おきび

世の中の、尊び願う七草の　宝も我は　何為むに　わが世の生まれ出でたる　白玉のわが子古日は　明星akabosiの明くる朝asitaは　敷栲sikitaeの　床の辺去らず　立てれども居れども　共に戯れtawabure 夕星の　夕べになれば　いざ寝よと　手をたづさはり　父母も　上(uhe)は勿放(nasaga)り　三枝( sakikusa)の　中にを寝むと愛(utsuku)しく其(si)が語らえば何時しかも　人と成り出でて　悪(a)しけくも　良けくも見むと　大舟の　思い憑（tano）むに　思はぬに　横風(yokosimakaze)のにふぶかに　覆ひ来ぬれば　為む(semu)術(sube)の方便(tadoki)を知らに白栲(sirotae)の手すきを掛け　まそ鏡　手にとり持ちて　天つ神　仰ぎ乞い祈み(nomi) 　地つ神(kunitsukami) 　伏して額ずき　かからずも　神のまにまにと　立ちあざわれ乞いのめど　須しくも　快(yo)けくは無しに　漸漸(yakuyaku)容貌(katachi)くずほり　朝な朝な　言うこと止み　たまきはる命絶えぬれ　立ち踊り　足磨り叫び　伏し仰ぎ　胸うち嘆き　手に持てる　吾が児飛ばしつ　世の中の道　　巻５　山上憶良　
(世間の人が尊んで手に入れたいと願う七種の宝も私には何になろう。
私達の間に生まれ出た　真珠のようなわが子古日は、明けた星の輝く夜明けともなると、わがしとねの傍らにまつわり、立っても座っても一緒に戯れ、夕星をみる日暮れになると「さー寝よう」と手を携え、「お父さんもお母さんもそばを離れないで。三枝のように（三又の花にかけて)川の字になって真中に寝よう」と、かわいくその子が言うと、私は一日も早く成人して、良くも悪くも大人になった姿を見たいと、大舟のように頼みに思っていたのに、予期せぬ邪悪な風が突然起こってきたので、どうしたらよいか為すすべを知らず、白布の襷を掛け､真澄の鏡を手にとり持ちて、天の神を仰いで祈り、どのようにも神の思し召しのままにと、取り乱してはこいねがうのだが、しばらくもよくはならず、次第に生きの姿を失い、朝ごとに言葉も少なくなり、ついには霊魂の極まる命も絶えてしまったことだ。立ちあがり、躍り上がり、あしずりして叫び、身を伏せたまま天を仰ぎ、胸を打っては嘆き、かくして掌中の大事なわが子を飛ばしてしまったことだ。世の中の断りよ。)
山上憶良

写真は古都・鎌倉のハイキングコースで見かけた三椏(mitsumata)です。
三本川になって一緒に寝ようという子の可愛さは子をもった親でなければ判らぬたまらない可愛さ、嬉しさではないでしょうか。その喜びを無情にも引き裂く世の習いは、何か人にしかつかない憑き物から目を覚ます仏の眼なのでしょうか？

梅の花　散らまく惜しみ　我が園の　竹の林に　うぐひす鳴くも　　巻５－８２４
少監阿氏奥島(seugenasinookisima)

(梅の花の散ることを惜しんで、我が庭の竹林には鶯が鳴くことよ)
桃や桜の咲き始めるころになると、竹は自分の子=タケノコとして世代交代に励みます。そして自らは枯れ果て、黄色く朽ちていきます。春なのに、人は「竹の秋」と呼びます。

人知れず、忘れられた茎に咲き
人知れず、こぼれ散る
細かな白い　だいこんの花
　　　　　　　　　久弥

田子の浦ゆ　うち出でて見れば　ま白にそ　富士の高嶺に　雪は降りける
（巻3・318）山部赤人

（田子の浦を通り　切り通しのような　眺めのよいところに出て望み見ると
真っ白に富士の高嶺に雪が降り積もっている。)

開かれた場所に突然現れた、生のままの自然の迫力は、どんなものにも
勝る臨場感を漂わせていたのでしょう。素朴な万葉人・赤人の気持ちが
伝わってくるようです。