燠火・おきび

「なぜ楽しい時間は速く過ぎて、嫌な時間は長いのか」
この素朴な疑問に不思議な感情を持たれた経験のある方は、私だけではなく、たくさんいらっしゃると思います。
そこで楽しかった時間を振り返ってみると、思い当たることがあります。
それは、あれもこれも好きな遊びを、繰り返し繰り返し、制限なく自由にしていた夏休み。それも終盤となり、手をつけていない宿題を、遊びの時間を奪われまいと、素早くやり終えようと焦れば焦るほど遅々として進まなくていらついた経験。懐かしいですね。

これをヒントに考えてみると、楽しい時間というものは遊びでも勉強でも練習でも、好きなこと或いは得意なことをしていることで、時間内の処理量があれもこれも非常に多いということが判ります。
これに対して嫌な時間の時は、早く処理したいと思うものの、判らなくてなかなかはかどらない。(難しくていやだから残した筈で、得意だったら焦ったりしないでしょう)、或いは気の進まないことをいやいやしなければならない、たった一つのことを決められた時間の間中、確実にやらなければならない(監視の仕事など)時が多いのではないでしょうか。
してみると両者の違いは、楽しいか楽しくないかよりも、時間内の処理量の違い=時間内に多くを処理できるかの速さの違いということが判りますね。
小学校や中学校の算数(数学)でやる「み・は・じ」の問題ですね。
この公式によると、時間は道のり÷速さですから、楽しい時より嫌いな時の方が、速さは遅く、従って分母が小さくなりますから、時間は大きく(長く)なりますね。
このことは、仕事や移動の速い若者と、私の様な10メートルを歩くのでもあちこちの自然の息吹を感じながらゆっくり歩む老人とでは時間の長さが違うことにも当てはまりますね。(よく見ればナズナ花咲く垣根かな(芭蕉)ですね)
更に言えば、すさまじい情報に日々振り回されている現代と比べ、16歳で一の谷の合戦で敗れ討たれた敦盛の時代は遥かに情報量の少なかった時代だったでしょう。彼に「はかなくも」は当たるかもしれませんが「短い生涯」は必ずしも当たらないかもしれませんね。
彼は既に妻をめとり子をもうけていたんですね。彼はもう社会的にも、生物的にも立派な大人だったんですね。
当時と今との平均寿命の違いは何を語るんでしょうか。今の平均寿命の長さは、生まれたてや若い人が死ななくなったり、70歳以上の老人も死ななくなったからですね。いわば人工の寿命ですね。スピードを持って利便性だけを追い求め駆け抜ける80年が長いのか、少ない情報処理ながら一つ一つをじっくり味わう様に地に足をつけて、覚悟を持って50年を歩む方が長いのか・・・・・・・・

死を覚悟して桶狭間の戦いに臨んで信長が舞った「敦盛」
・・・・・人間五十年、下天のうちをくらぶれば夢まぼろしの如くなり。ひとたび生を享け滅する者のあるべきか・・・・・・・・・・・・

感慨深いものがありますが、私としては、ここで終わるわけにはいきません。
前回「アナログとデジタル」でお話ししましたように、80年とか50年というのはデジタルで測る、即ち人間疎外の方法で比べたものですね。(でも余分なことですが、我々日本人は江戸時代まで、日の出と日没の時間を基準としてその間を等分するという、極めて人間的な時計を採用していたそうですよ。暖かく日の長い日はたくさん働き、寒く日の短い日は休むという様に。)

これに対して、ベストセラー「象の時間と鼠の時間」で有名な本川達雄先生は、そういう非人間的な時間でなく、人が単位時間あたりに、どのくらいエネルギーを使うのか、つまり代謝速度を時間の速度に採用しようという「代謝速度」で定義することを提案為されています。
この考えに基づくと、エネルギーを使うものほど時間は速く進み、代謝時間は短くなるので、鼠の1時間は、象の1時間に又現代人の1日は縄文人の１ケ月に当たるそうです。

してみると、80年生きる現代人の長さは、縄文時代の２年と半分くらいと変わりがないことになってしまいますね。(あくまで標準ですから人それぞれエネルギー調節方法も違うでしょうから一概には言えませんが)
この考えに基づけば、代謝率(体重当たりの標準代謝率)の大きい子どもの時間は速く進み、代謝率の少ない老人の時間はゆっくり進むことも判りますね。
年寄りに対し、「遅い、きもい」とか言っている子どもたちは60年70年後の自分を待たなければ判らないのでしょうか。その世界を。
それを是正出来るのが学習ですね。教育ですね。

何といっても、人には他のほ乳類に無い、「相手の立場に立って思う」事ができる、つまり「共感(Empathy)」の出来る唯一の動物なんですから。(2011.6.9「人間とは何か」２(ネオテニー)参照)

Posted by 冬の紳士 at 15:10 | この記事のURL | コメント(76)

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