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第181回 厚顔無恥 [2016/05/16 14:22]
文●ツルシカズヒコ
大杉豊『日録・大杉栄伝』によれば、大杉、神近、野枝の三人が会ったのは二月中旬ころだった。
大杉の書いた「お化を見た話」によれば、大杉は神近から絶縁状を受け取った。
「もし本当に私を思っていてくれるのなら、今後もうお互いに顔を合わせないようにしてくれ。では、永遠にさよなら」というような、内容だった。
大杉はすぐに逗子から上京し、神近の家を訪れた。
彼女は大杉の顔を見るや、泣いてただ「帰れ、帰れ..
第177回 ねんねこおんぶ [2016/05/15 17:04]
文●ツルシカズヒコ
大杉と堀保子は前年一九一五(大正四)年十二月、小石川から逗子の桜山の貸別荘に引っ越していた。
『近代思想』(第二次)一月号(第三巻第四号)が発禁になったので、大杉は一九一六(大正五)年一月二日にその対策のために逗子から上京し、翌一月三日に吉川守圀の家に同人たちが集まり、協議した。
大杉が大塚坂下町の宮嶋資夫宅を訪れたのは、その夜十二時近くだった。
「今夜は一寸報告にやつて来た。それは神近と僕とのことだ..
第151回 待合 [2016/05/08 14:37]
文●ツルシカズヒコ
大杉は堀保子とは、もう八、九年ほどきわめて平和に暮らしていたが、大杉が野枝の家を訪れたときには、いつも保子の機嫌はよくなかった。
少なくてもいつも曇った顔をしていた。
野枝についての何かの話が出るときも同様だった。
そしてそのたびに大杉は、ただ心の中で軽く「馬鹿ッ」と笑っていた。
二月のある日の晩だった。
保子が大杉の机のかたわらに来て、いつも何か長話があるときに決まってするように..
第150回 革命のお婆さん [2016/05/08 14:14]
文●ツルシカズヒコ
一九一五(大正四)年、三月二十六日、葉山の日蔭茶屋に到着した大杉は、風邪気味だったのですぐ床についた。
鼻水が出る。
少し熱加減だ。
汽車の中でもさうであつたが、妙に興奮してゐて、床に就いても眠られない。
彼女の事ばかりが思ひ出される。
其の翌日も、翌々日も、ほんのちよつとではあるが熱が出て、仕事は少しも手につかない。
矢張り、妙に興奮してゐて、彼女の事ばかりが思い出さ..
第135回 ジャステイス [2016/05/03 13:19]
文●ツルシカズヒコ
しかし、野枝だけは青鞜社の仲間の中でも違った境遇にいた。
一旦は自分から進んで因習的な束縛を破って出たけれど、いつか再び自ら他人の家庭に入って因習の中に生活しなければならぬようになっていた。
野枝は最初の束縛から逃がれたときの苦痛を思い出し、その苦痛を忍んでもまだ自分の生活の隅々までも自分のものにすることのできないのが情けなかった。
野枝はそれを自身の中に深く潜んでいる同じ伝習の力のせいだと思って..
第59回 新らしき女の道 [2016/03/30 19:20]
文●ツルシカズヒコ
『青鞜』一九一三年一月号の附録(特集)は「新らしい女、其他婦人問題に就いて」だった。
『元始、女性は太陽であった 平塚らいてう自伝(下巻)』(p422~423)によれば、この特集を組んだ目的はまず対外的なもので、ジャーナリズムや世間の「新しい女」攻撃に対する反撃だった。
そして対内的には「私は新らしい女ではない」という逃げ腰の社員に対する、自分たちの覚悟の表明だった。
この特集には八人が寄稿しているが..
第15回 大逆事件 [2016/03/15 19:50]
文●ツルシカズヒコ
野枝が上野高女に通学し始めた一九一〇(明治四十三)年春、ハレー彗星が地球に接近中だった。
七十六年周期で出現するハレー彗星が、地球に最接近したのは五月十九日だった。
ハレー彗星の尾には毒ガスが含まれているという風説が流れ「この世の終わりになる」のではという社会不安が広がったが、過ぎてみれば何も起こらなかった。
そのころ禅の修業に励んでいた平塚らいてうは、湯島天神近くの待合で浅草の臨済宗系の禅寺・海..