2021年10月31日

酢橘と柚子

部活後の午後、淋しそうにしていた中1のY君と中2のT君を連れ出した。

Y君には酢橘(すだち)の収穫をお願いした。
庭の酢橘が、このところ放っておいたので、大分色づいてきてしまったのだ。

庭木用の足場を準備し、棘に気をつけながら酢橘を採る…。
その後、柿を採ってもらったが、高所にもかかわらず、すいすい収穫してくれた。

こんな作業でも、Y君にとっては生まれて初めての経験だろう。

「せっかくオレと出会ったのだから、普段はなかなかできない経験をいっぱいさせてあげるから…。」

私は、そうニコッと笑う。

T君は、みつばちを見て感動していた。

生徒たちで。実際にみつばちが出入りしている巣箱を見ることは、めったにないことだろう。
彼等を狙ってスズメバチが来ることだって、希有な経験に違いない…。

T君は、私のカメラで植物の写真を撮る。

「いろいろ撮って、あとから検証したら。写真技術が向上するよ。構図が気に入らなかったら、あとからトリミングして、自分の納得いくものに変えたらいい…」

庭では小さなたき火もした。

一人暮らしで、友だちのほとんどいない私は、こうして生徒たちと関わることが何よりの幸せだ。

そう思う中、「この先学校を辞め、本当にひとりぼっちになったとき、その寂しさに果たして耐えられるのだろうか」、と考える…。

彼等は、袋いっぱいの酢橘と、何袋にもなった柿を持って帰る…。

「また、頼むね…。」
と言うと、Y君は「よろしくお願いします」、と言う。

何でもない出来事なのだが、楽しいひとときを過ごすことができた。

2021年10月30日

続・遠足

遠足と言ってもコロナ禍の遠足。
バス内では飲食禁止はもちろん、話をすることすら制限された。

今年は「おやつのない遠足」であり、「バスレク」もない。

バス内では、ひそひそ声は聞こえるが、運転席から流れる音楽ばかりが響く。

それでも久しぶりの外出に、彼等は大喜びである。

昼食時、他校の団体と一緒になった。
コロナ感染が少し収まりを見せている昨今、この時期に遠足をする学校は多いのだろう。
観光地に行った他の学年も、昼食場所に苦労したとのことだ。

どこの学校の生徒も、遠足を楽しみにしていたようだ。

近隣では折しも紅葉シーズン。
赤や黄色の木々たちが、楽しさにさらに彩りを添える。
…そう思うのは、年寄りばかりかも知れないが、やはり青空と紅葉の対比は美しい…。

体力の落ちている私は、最後の見学地の頃には、足が痛くなってきた。
疲れもピークに達し、一人、まどろみに浸っている時間もあった。

熱帯の魚を展示している水族館は、温室のようだった。
その温度差も、疲れを一層引き立ててのかも知れない。

先ほどの極寒が嘘のようだ。
南米の大きな川魚が、大水槽の中を回遊している。

今回の遠足も、私は撮影係。
彼等生徒達の生き生きとした一瞬を切りとることができたかな?

彼等は中1。卒業時には高3だ。

今の姿は、今だけの宝物。

その姿を残し、いい思い出として残してあげるのも、私たちの仕事の一つだろう。

「この写真、保護者も欲しいだろうな…」、と思いつつ、私はほくそ笑む。




2021年10月29日

冬山登山

中1の遠足で近隣の山に登ったのだが、今日は冬山登山になってしまった。

ここ数日は温度が高く、冷え込みが少なかったのだが、今朝は山では強風になった。
気温は氷点下ではないが、風速は20m以上。
私は、「どうするつもりかな…」と思ったが、学年主任の英断により実施することになった。聞けば、危険があったら、引き返そうの思っての決断らしい…。

この時期、半袖で登れる時もあるので、服装が難しいのだ。

バスで山に近づくにつれ、山は雲の中に入った。
そこに強風が吹く。
雪はほとんどないが、強風で岩についた霧氷が飛んで来る。
「何か痛いな…」、と思ったら氷だった。
降雪はなかったのが不幸中の幸い。

それでも、油断すると体を風に持って行かれる…。

マスクは風でゴムが伸びる。
普通なら三十分ほどで登れる山も、途中で全員で休息。
安全と、体力を確認し、再び登頂を目指す。

「ここまでくれば7割は登ったようなもの…。」
と、主任が生徒たちを励ます。

過酷な環境下で、生徒たちは緊張している。
だが、その緊張が必死さになり、普段よりまして力が増す。

山頂についたときも、強風は続き長居はできなかった。
雄大な景色はのぞめず、霧の中。

山を下り始めて中腹に来た頃、空が晴れた。

下界の雄大な姿が見えた。

「こんな景色だったんだ…。」
と感動した生徒たちは、さらに興奮状態。
アドレナリンマックスの彼等は、歌を歌い出す生徒もいた。

すごい経験だった。

苦しみの中に生まれた、新しい喜びの体験になった。

バスの中は、一瞬で静かになった。
皆、安心しきった顔で寝ていた。




2021年10月28日

この世の修行

人は、両親を選んで生まれてくる。

これが霊的な真実だ。
人間は、この世で肉体をまとい、死後、またあの世に還っていく。

子どもはしばしば、「好きで生まれて来たんじゃねぇ」、などと親に悪態をつくが、これは間違いである。

どのような家庭であっても、その環境が厳しく、難しい人生になろうとも、あの世から親を選んで生まれてくるのだ。

当然、厳しいということも自覚し、その中で、どれだけ「人生修行として、その環境のなかで心を磨くことができるか」、に賭ける。

先日、友人の先生から悲しい話を聞いた。

高校生の女子なのだが、度重なる不特定多数の男性との売春により、学校を退学になったのだという。

彼女は祖母に育てられている。
法的には祖母が母親なのだそうで、実の母親は知的障害で養育能力がない。
また、定職につくこともままならず、それでいて、実の父ではない、気に入った男性とつき合ったりしている。

そんな風だから、母親代わりの祖母は、自ら働き学費や生活費を稼ぎ、彼女を一人で育てているのだという。

彼女が校長より学校をやめなければならないことを告げられたとき、祖母は彼女を一切攻めなかった。そればかりか彼女を抱きしめ、「あなたは何も悪くないの。ちゃんと見てあげられなかった私が悪いの。淋しかったのよね…」、と泣き崩れた。

彼女のためにすべてを尽くした祖母だったが、結局学校をやめざる得なくなったという。

こんな厳しい家庭環境であっても、彼女は両親を選んで生まれて来た。

「その中で学ぶことがある」、と判断し、チャレンジしたのだ。

まだまだ人生は長い。
その中でも挽回はできるだろう。

学校は辞めざる得なくなったが、どこかの学校に編入し、高校卒業はできるかも知れない。

「何にもしてあげられなかったんだよね…。」
私に話してくれた先生は、そう呟いた。

人はいろいろな環境の中で人生修行をしている。

この出来事も、さまざまな人にとっての学びと経験となっているのだ。

眞子様にしても、選んで秋篠宮家に生まれてきたはずだ…。




2021年10月27日

ワクチン信仰

ワクチン接種後の志望者数が1223人(厚労省調査 2021/10/1)であるのだそうだ。
世界的に各国はコロナのワクチン接種を進め、日本でも強烈に推進したのだが、公的発表ではこの数だと言う。

交通事故で死亡した遺体をPCR検査して陽性が出たら、「コロナ死」とカウントし、陽性者を感染者としてカウントして、発表しつづける一方、ワクチン接種後の死亡については、「因果か関係不明」として処理されている。

統計学的には、確かに「因果関係が不明」なのだろうが、昨日まで元気だった人が、ワクチンを接種して翌日もしくは数日で突然死してしまうのは、何かしらの因果関係があると考えるべきであろう。

このワクチンが人体にどのような影響を与えるかは、それこそ分かっていないのだ。
分かっていない中で、接種を促進し、コロナ蔓延を抑え込もうとした。

だが、ワクチン接種に関わりなく、コロナは拡がってい収まったりしている。

国は、人々に感染者増大の恐怖心を煽り、ワクチン後の副作用を副反応という言葉でオブラートに包み、懸命にワクチン接種を推し進めてきた。

しかし、本当に何かしらの副反応が起こり、それが将来にわたって人体に悪影響を与えることになるならば、それこそ人類の危機だ。

私は、たとえ「まずい」結果が出たとしても、国は認めないだろうし、公開しないだろうし、漏れ出た情報も隠蔽工作に入るだろう、と見ている。

それでも、「打った方が安心」というのなら、個人の意志でワクチン接種をするのはよい。
どちらのリスクを取るかは、個人の自由だ。
だが、それを強制させる動きは、全体主義の流れである。

ワクチンを打っていないと入国させなかったり、店に入れなかったりするというのは、ある種の差別思想であろう。

アメリカで「子どもにワクチンを打った歳の効果が認められたので、今後接種可能にする」というニュースが流れてきた。

おそらくは日本でもそれに準じて、接種許可がでるであろうという話である。

年齢の高い人と12歳にも満たない子どもでは状況が違う。
その先の人生の長さが、全然違う。

コロナ感染爆発のために、特別に許可を出したコロナワクチンだ。

本来許可が出るものではないものだった。

いつから人々はワクチン信仰に走ったのだろうか…。




2021年10月26日

皇室の危機

眞子内親王殿下がご結婚された。これにより、眞子様は、皇籍を離脱するのだと言う。

この問題は、何年も前からワイドショーネタになり、皇室の品位を著しく下げた。
そして、本日、二人の記者会見が行われた。

申し訳ないが、私はその話を聞いても、「幼いな…」と言う気持ちが大きく湧く。
彼等は三十歳で、大人なのだが、彼等を取り巻く大人は、「もっと何とかならなかったのだろうか」、と思う。

政治評論家のT氏は、「記者会見そのものを行う必要はなかった」と述べたが、私もその通りだと思う。

一切の皇室行事を行わず、天皇陛下にも私的にお会いするにとどまり、秋篠宮様は、小室氏を邸内に入れることも拒んだ。

秋篠宮家にとっては、一種の勘当状態であり、世間的には駆け落ち婚のようにも見える。

想像するに、結果的に、宮家でのお子様の教育がうまくいかなかったのだろうし、お付きの方も、宮家独特の考えにより、かつての伝統的な行いができなかったのだろう。

「お幸せになってください」、とは思う。
だが、この騒動の皇室へのダメージは計り知れない。

女系推進者はもとより、皇室廃止論者たちの、格好の餌食になる可能性だってある。

私は、「皇室に生まれた」という峻厳なる事実を、もっと厳粛に受けとめ、与えられた役割を全うすべきであったと思う。

世間の『常識』とは相容れない、独特の「伝統」があるが、それが二千年来、天皇家を護り続けられる事ができた理由でもあるはずだ。

最も長く続いている王室として、その品位と振る舞いと徳が、日本や諸外国から尊敬され続けてきた皇室は、これからも護られて欲しいと思う。

そのために必要なのは、お子様たちの教育である。
そして、皇室の伝統である宗教性を磨くことである。
宮家を復活させることも必要ではないか。

皇室が宗教性によって磨かれる『徳』を捨てたら崩壊する。

生まれながらの素養もあろうが、そのほとんどは後の教育によっても養われる。

公人たるお子様たちには、そんな教育も必要だ。

2021年10月25日

個人面談

中1で全生徒に個人面談をすることになった。

「今回は、どの先生と面談したいかを、学年団先生方から選んでもらいます。」
そう学年主任が告げた。

昨年度も、そのように面談をしたことがあり、私はこの方法を気に入っている。

学年の居候で、「ほとんど仕事をしないでぶらぶらしている私を指名する生徒などいないだろう…」、と思っていたのだが、三人の男子生徒が、私を選んだようである。

中1は、入学後半年以上経たないと関わりが深くならない…、というのが、私の感覚。
今そういう時期でもあるが、一方で、私は授業以外で、彼等と話をする機会がほとんどなく、また「積極的に好かれよう」とも思っていないので、彼等との関わりは薄い。

最近ようやく、少し関係ができてきたようではある。

担任や学年主任であっても、この時期、心の奥底まで打ち明けることができる生徒はそう多くない。

人間関係を築くには、相応の時間がかかるのだ。
私の場合、入学した生徒と関係が深まるのは、中1の冬くらいからだ。

今回、学年主任が学年生徒の半数近くを担当することになった。

彼の人徳により、きっと生徒たちをうまく導いていくのだろう。
本当に尊敬できる先生の一人だ。

私を指名したH君に、「面談しなきゃね…」と言ったら、「お願いします」ときた。

どんな話ができるか、私も楽しみではある。

教員ずらしないで、彼等に寄り添い、さりげなく手助けができるような、そんな面談になったらいいと思う。

近日中に行うが、それまで私自身のエネルギーも充電させておこう。

皆で生徒たちを護ってゆきたい…。

2021年10月24日

初霜

初霜

この秋、初めてフロントガラスが凍った。
初霜が降りたのだ。

10月中の凍結はここ何年かでは珍しい。

日中は暖かだったので、スズメバチも活発だ。
今日は、部活の終わった午後、以前スズメバチに侵入され、逃去した巣箱からハチミツを採った。作業中、何匹ものオオスズメバチが来た。

また、霜に当たってはいけないと、私は慌てて畑のショウガを引き抜いた。

畑では、食用菊も咲き始めた。
自分では食べないが、好きな先生に差し上げている…。

昨日収穫したサツマイモを天日干しした。

「冬に向けて、畑も整理しなくてはいけないな…。」
ギックリ腰が完治していない私は、それでも体を動かす。

「少し遅れたがニンニクも植え付けねば…。」
と、種ニンニクを水につけた。

庭仕事や家のことは、無限にやることがある。

元気な巣箱も、底板を掃除した。
網の下には、たくさんのスムシもいた。

暖かいので、蜂たちは今日は元気に飛び回っている。

柿を採ったり、枯れ枝を燃やしたり、と暖かな日中を過ごす。

いつもななら昼寝をしてしまうところだが、今日は活動的だった。

部活動の関係で、いつも半日ばかりの休日になるが、なかなか充実感があった。

収入増のための、地道な作業はなおざりになっているが、また腰を上げよう。

天気が良いと、やる気が起こる…。

やっぱり青空は気持ちが良い。

2021年10月23日

地区駅伝

前日の雨が上がり、朝から晴天になった。
今日は地区の駅伝大会である。

出る…、出ない…、の紆余曲折はあったが、結局男子チームだけ参加することになった。
メンバーのほとんどは、野球部員である。
入学以来、走らせている生徒達なので、駅伝に出場できる体力は十分にある。

私は今週部活動はすべて駅伝練習に切り替えた。
「駅伝練習、頼むね…」、と若手の先生に押しつけてしまったので、私は少しのんびりできた。

昨年の陸上競技場での記録会とは変わって、今回は例年のコースでの駅伝大会。
もちろん無観客である。

「今年は、繰り上げスタートがなかったんです。」

参加した生徒が言う。

「繰り上げスタートは、何となく屈辱的だからね…。」

コロナ禍でもあり、また学校事情もあり、今回は参加しない学校もあった。
また、事情により中3が参加してないチームもあった。

おかげで我が校はビリではなかったが、学校中で一番早いと言われる生徒を集めての参加にもかかわらず、地区ですら太刀打ちできないのは、何ともやるせない。

この地区は極めてレベルが高く、上位校は全国大会の常連なのだ。
それに引っ張られて、各校とも速い…。

やっぱり走り込みをしていないと、なかなかレースは難しい。

普段ならば、各校、春から練習するそうだが、さすがに今年はなかなかできなかっただろう。

我が校は、新人戦後の一週間だけ、試走も一回きり…。

「デットヒートしていて、面白かったですよ…。」

引率の先生も、参加生徒も、そこそこ満足しているようである。

こんな風に、地区行事も細々と行われている…。

2021年10月22日

国防意識

国政選挙期間中であるのに、その争点に『国防』がほとんど出てこないのは、異常としか言いようがない。

昨今の中国による軍事拡大。台湾への執拗な恫喝。北朝鮮の SLBM発射…。

コロナではあれほど恐怖心を煽り、ワクチン接種に結びつけようとしたマスコミが、こうした問題には口をつぐむ。

当然、候補者たちも黙る。

国があってのさまざまな政策のはずが、国防の危機にそれを選挙で訴えることをしないというのは、どういうことだろうか。

各党の言い分は、そのほとんどが「ばらまき」である。

どれほど国民をなめているのだろうか、と思いたくなる。

先日も中ロの戦艦が、津軽海峡を通り、大隅海峡を通った。
「パトロール」だそうである。

いよいよ有事が近いのだろうか。

海に囲まれているが故の平和ぼけなのか。
中国の顔色をうかがって、何も言えない政府なのか。

「彼等が絶対に攻めてこない」、という前提しか持っていないのが野党でもある。

以前、「宇宙から地球が攻められた場合、地球人類が統一しているならば、対抗可能である」、ということ聞いたことがある。

今の地球では、中国は世界制覇を狙っている。
そのためには、手段を選ばず、相当数の工作員も日本に入り込んでいるのだろう。
政治家や有力者たちは、そのほとんどが懐柔されていると思われる。

私は、かつて、ミサイルと呼ばず飛翔体と誤魔化す日本の報道姿勢に、憤りを感じたものだ。

その傾向は今でも変わらない。

軍事的な国家機密のため、「国民に知らせることなく、密かに準備し、万全な対応をしている」、というのなら、それでもいい。マスコミに知られると、中国などに筒抜けだというのなら、そうした対応があってもいい。

だが、政府そのものが、そうした対応から目を背けているのならば、そのものが国難だ。

誤魔化しのこんな長く時代が、続くとは思えない…。
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