2022年10月28日

遠足で見た風景

遠足で献花の世界遺産を見学に行った。

かつては外国人ばかりだったが、まだ目立つほどではなかった。政府の入国制限も大幅に緩和されているので、いずれ増えてくるのだろうと思う。

その代わり、小学生が大勢見学に来ていた。
そのほとんどは六年生。修学旅行中の見学と思われた。

しかし、彼等の態度がなっていないのである。
以前は、小6でももっときっちりしていたように思う。
先生たちも、生徒の掌握にご苦労されていたように見えた。

かつて私たちの学校の生徒たち(中2)を連れていったときには、「ほら、小学生たちの方がしっかりしているよ…」などと諭したものだが、今回ばかりは違った。
私たちの学校の生徒の方が、立派に見えるのである。

もちろん本来、小学生と中学生だから立派に見えて当然なのだが、ここ数年で、小学生の方が落ちたということだろう。

考えられるのは、コロナ禍の行動制限だ。
おそらくは、いくつもの行事が中止になり、また校外に出掛ける機会も少なく、その結果、「学校外に出掛けたときの振る舞い」の訓練が出来ていないのであろう。
せめて「修学旅行くらいは…」という感じで、今回生徒たちを連れてきたようにも見えた。

コロナ禍の騒動は、子どもたちの教育にも大きな影響を与えている。

聞くところによると、生徒全員に配ったタブレットによって、授業崩壊をもたらしているという。恐らく、この先大幅な学力低下も問題になろう。

コロナが子どもたちの社会性も学力も奪い、性格的にも問題のある人間を作り出してしまっている。

この先、ワクチンによる未知の副反応により、肉体的にも障害を被るかも知れない…。

校外に出掛けるといろいろなことが見えてくる。

2022年10月27日

手の甲のしわ

ふと自分の手の甲を見る。
以前よりも皺が増えたな、と思う。

私は、かつて見た親父の手の甲の皺が忘れられない。
当時の親父は、すでには齢八十を超えていたと思う。
母方の祖母の通夜後の火葬のときだったと思うが、骨になるまでの時間に、成りに座っていた父の手の甲を見た。

私はその皺の多さに愕然とした。
かつては、張りのある頼もしかった父の手が、こうも老いてしまうのか。

そのとき、父が「手がこんなしわくちゃになっちゃったよ」、と言ったような気もするが、少なくとも、ショックを受けた私は、記憶があまり定かではない。

その後、おそらく十年も経たずに父は逝ってしまった。
私は遠方に入れたので、父の看取りは出来なかったのだが、横たわる父の手は、同じくしわくちゃであった。

あれから何年もなる。
私は齢を重ねる毎に、手の皺が増えていく…。

たとえクリームなど塗って、見た目の皺を目立たなくしたとしても、齢を重ねることには違いない。

人は誰しも「若さの奢り」がある。
特に若者は、「老い」など意識することはない。

私は授業をしていると、生徒たちは、「今を生きるに一生懸命で、その他のことは何も考えられないのだろう」と思う。

『老い』は逃れられない。
かつて釈尊は『四苦』の中で、「生老病死」を説いた。

「歳は取りなくないね〜」
生前祖母が始終呟いていた言葉を思い出す。

いよいよ私もそうした年齢に近づいてきた。
せめてもの救いは、今の仕事が、つねに若者たちと一緒に過ごしていることだろう…。

2022年10月19日

悪しきプライド

「ちょっと困るんですけど…。技術的なことは音楽科でしどうしますから。余計なことを言わないで下さい。生徒たちも、指示が違うと、困ってしまいますから…。」

音楽の先生の独壇場がまた始まった。
合奏コンクールが近づき、元気満々の音楽教諭の彼女は、この時期、周りがあまり見えなくなる。彼女の考えに合わない方法は、すべて激しく非難するのだ。

「私が合奏指導している…」という思いが強くなりすぎて、この時期、多くの担任が辟易する。

確かに一年間で一番彼女が輝く時期なのだが、どうしても「自分が自分が…」という思いが大きくなってしまって、他とのトラブルを起こしがちだ。

「慢心」という言葉でひとくくりにしてしまうのは、申し訳ないが、そのカテゴリーに含まれるのだろう。

本当は、人のことは言えない。
仕事に慣れてくると、過去の経験値から自分が一番よく知っていると誤解し、ついつい大きな事を言ってしまいがちだ。これも慢心である。

「慢心」は知らず知らずのうちにすり寄ってくる。
それが怖いのは、自分で気づかないうちに、「慢心」していることである。
冷静な判断ができず、自分自身を客観視することもできず、自己中心的に行動してしまう。

世の中に果たして「慢心」せずに生きることができる人がいるのだろうか…。

私もかつて、この「慢心」によって、人生の危機が訪れた。
たいていの場合は、「自分はベテランである。プロである」と思えたときが、もうすでに「慢心」の始まりであり、中間点であり、終着地点でもあるようだ。

すべてを仕切り、コントロールし、運営し、一つの行事を作り上げていくことは立派なことだ。だが、そこには必ず他の協力体制が必要であり、結局は、人の支えによって成り立っているものなのだと思う。

元気溌剌、やる気満々、行事を仕切っている人は輝いている。
しかし、その反面、悪しきプライドである「慢心」の毒牙が、身体のあちこち刺さってしまっていることも自覚しておかなくてはならないだろう。

自戒せねばなるまい…。




2022年10月17日

一つのことだけ

幼児は、何かに関心を持つと、そればかりが気になり、他のことはすべてすっ飛ばしてしまう。恐らくは、幼稚園などで皆で散歩に出掛けても、何か気になることがあったら、一人さっとそちらの方に向かってしまうのだろう。その意味では、手をつないで歩くのは意味があるのだろう。

成長するにしたがって、だんだんと複数のことが処理できるようになるが、中学生くらいだと、まだそうした傾向のある生徒は少なからずいる。

発達の偏りのある生徒は特にその傾向があり、ひとたび気になりだしたら、他のことは一切考えられなくなってしまうのだ。

学校生活でそうした状況になると、まわりの生徒も教師たちも翻弄されてしまう。校外に印刷しているときなど、なおさらだ。

「学校は何を教えているのだ!」
学校は地域からも厳しい目で見られている。
その意味では、教師は聖職者であるべきだ。

だが一方で、指導にはどうしても家庭の協力が欠かせない。
「すべて学校にお任せします」という保護者は、たいてい手のひらを返したように苦言を呈してくるものだ。

そんな彼等を担任している若い先生たちは、さぞかしご苦労を重ねている事だろうとおもう。しかし一方で、「生徒の事をつねに考えていられる幸福感」をも得ているのだということをアドバイスしたい。

それこそが、教師の醍醐味であり、天職としている証しでもあろう。

今日も、ある生徒が自室のことが気になって、帰宅してしまった。

そうした彼等は、将来、社会で上手くやっていけるのだろうか。

一抹の不安とともに、学校でできることの限界も感じつつ、それでも彼等と関わり続ける我らの仕事に、少しでも誇りを持ちたいものだ。




2022年10月11日

保護者のクレーム

「どうせ、来年には卒業なんだから…。」
M先生が反駁する。いつもは冷静に対処する方なのに、今回ばかりは腹に据えかねたようだ。

「絶対おかしいんだ。狂ってる…。もういちいち対処する必要ありませんよ。」
ご立腹はなかなか収まらないようだ。

学校には、保護者からさまざまな意見が届くが、昨今はメールが多い。
メールだとどうしても誤解を生み、その誤解が新たな誤解を作り出し、話しがややこしくなりがちなのだ。直接話せば、細かなニュアンスも分かるし、お互いの感情を激しくぶつけ合うこともあまり起こらない…。

今回のご意見も、いわゆるクレームと言われるもので、学校としても誠心誠意対処してはいるが、それでもその要求やその内容の細かさには、辟易しているようである。

「クレームは宝の山だ。」
ビジネスの世界では、特にそのように認識され、顧客の声をフィードバックした貴重なものとして処理される。もちろんその中には、単に感情的なものもあるのだろうが、それでも、「なぜ、そのように思うに到ったのか」を分析し、「わずかなりともその非なり、油断や慢心、詰めの甘さがあったならば、それをこの先に生かす」というスタンスである。

私の学校も、開校以来そうした対応をとり続けているが、たまには、憤慨したくなるようなご意見も届けられる。

今回のものも、言って見れば、「箸の上げ下げ」までを指摘するような、ほんの些細な事に対して、自らの意見をぶつけてくるような、そんな意見であった。その意見をメールにして送ってこられた方は、入学以来、すでに何度となくこうしたご意見を寄せられ、おそらくその回数は数十回ではきかないだろう。

メールの場合、たいていは要点をさっと記述してしまいがちで、慇懃なほどの丁寧さはほとんどない。

昨今のSNSでのメッセージのやりとりと同じく、ちょっと油断すれば、意図がまったく反対に解釈されたり、相手を怒らせてしまったりもする。

IT系のサポートセンターでは、その傍らに、サンドバッグが用意されていると聞いたこともある。

もちろん今回も、丁寧に、対処しているのだが…




2022年10月07日

試験結果

中間試験が火、水、木と三日間続き、今日金曜日が授業日。早速、黄砂の答案を返却すべく、急いで採点した。

私の試験は、火曜日と水曜日に行われたので、中一日の余裕はあったが、なかなか厳しかった。

試験が終わるといつも思うことがある。
それは、「大した授業をしていないな…」ということ。

私の授業の結果は、きちんと彼等生徒たちの答案に現れてくる。
説明不足だったり、演習が足りなかった問題は、如実にその点数に表れるのだ。
全般的に点数が低いのならば、授業が悪かったのだろうと、と思わざるを得ない。

生徒には、「もっと勉強しなくっちゃ」と言っているが、心の中では「申し訳ない」という気持ちで一杯だ。

教師になってすでに三十五年あまり、私の授業力は一向に進歩していないのだろうと思う。

「仕事が時間の切り売りじゃぁ、情けないよな…。」
私が大学生のとき時、友人がふと、そんな話しをした。
以来、私の心に刻み続けている…。
しかし一方、昨今の私は「時間の切り売り」のような仕事になっていないだろうか…。

「惰性で仕事をするようになったら、その仕事を辞めるときだよ…。」
これも、以前誰かから聞いたことがある。

今の私は、「惰性で授業をしている」ことを激しく拒否できるほどの自信もない。

「まとまな授業ができて当たり前…。」
これは私が教員に成り立ての頃、先輩に教えて頂いたことだ。
あの頃の私は、授業力をアップすべく、日々格闘し続けた。

あの頃を自分を懐かしく思うと共に、今の自分を情けなくも思う。

自分で授業をし、自分で試験問題を作っているので、平均点などどうにでもなるのだろうが、「解けない」ならば、それは授業の責任だ。

「こんなんじゃだめだ…。」
私の心の奥底からの叫び声が聞こえてくる。




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