アフィリエイト広告を利用しています

広告

この広告は30日以上更新がないブログに表示されております。
新規記事の投稿を行うことで、非表示にすることが可能です。
posted by fanblog

2023年01月18日

愛の鈴

中2の立志式に向けて、地元の更生保護女性会の方が、「愛の鈴」をご寄贈いただいた。

毎年市内の中学二年生全員分の鈴を手作りして、学校に届けて下さる。
コロナ禍になって、ここ数年、当日の参列はご遠慮されているが、本当ならば見届けたいだろうと思う。

青少年が健全に育ち、大人へと成長していくことは、社会にとってとても大切なことだ。
子ども時代には分からないだろうが彼等を、暖かく見守っている人がたくさんいる。

この地域はどちらかと言えば田舎だが、まだ、「地域として地元の子どもたち育てていこう」という風潮は色濃く残っている。

今日、代表の生徒たちに受け取りをしてもらったが、彼等は「愛の鈴」がどんなものかも知らない。しかし、その鈴を見れば、どれだけ手を掛けて一つひとつ手作りし、思いを込めているかが分かるだろう。

人は「愛」をむげにすることはできないのだ。
そしてまた、たくさんの「愛」感じた人は、自分もまた、「愛」の分かる人になる。

学校の教員は、どちらかというと「無償の奉仕」という意味合いが大きい。
一筋縄ではいかない生徒たちを、根気強く、諦めずに、善導する。
恐らくは、そうしたことに「生きがい」を感じ、喜びを見いだせなければ、たとえ仕事とはいえ、教師として続けていくことは難しいのだろう。

女性会の方々は、穏やかで、優しく包み込むような雰囲気があった。
生徒たちも、それを感じ、自然に笑顔になる。

私は、そこに目に見えない「愛」を感じた。
その何かを感じた彼等が、立志式の本番で、いただいた「愛の鈴」について語る。

こうして「愛」が伝播していく。

心込めて、思いを込めて、時間をかけて…。
一見、非効率に見えるその中に、たくさんの「愛」が溢れている。

もしかしたら、人間の人生そのものが、「愛探しの旅」なのかも知れない…。




2023年01月13日

部活再開

始業式の五日後、ようやく部活が再開した。
昨今私は、長期休業の宿題が未提出の部員がいる限り、部活を停止することにしている。今回は、丸四日かかったということだ。

いまから数年前は、宿題を提出せずに始業式後の練習を迎えるような生徒は皆無だった。
皆が、「宿題を出さないとヤバいぞ!」というムードを持ち、一方で、「宿題をやらないと部活ができないぞ。そんなのは嫌だ」と思い、チーム全体としても、「宿題やきちんとやって、期限に出すもの」というムードが自然に拡がっていた、のだろうと思う。

世の中も学校も極端な「個人主義」に走っている感じだが、チームプレーの場合、時に「連帯責任」的部分がないと、チーム作りは難しいのだ。

時々、「私は個性、個人を重視している」とのたまう監督御仁がいる。それでチームをまとめ上げているとみられているのかも知れないが、本質はそうではあるまい。

今回、数少ない部員のうち2人が宿題が提出できなかった。これは全体の三分の一にも達することで、当然他の部員もその怠け者ぶりに引っ張られてしまう。

しかし私は、彼等を強く指導することができなかった。
どちらも生徒も、少し私が強く指導すれば、そのまま落ち込み、ブラックホール化し、自分を責め続け、時に壁を殴り、蹴飛ばし、あちらこちらを壊してしまう、そんな生徒なのだ。

私は、そうしたエネルギーを野球にぶつけて欲しいと願う。
まさに、祈るような気持ちだ。

体を動かし、大声を出せば、ストレスの発散にもなるし、だいたいスポーツをしている時は、嫌なことも忘れられる。部活動にはそうした効果もあるだろう。

…幸いなことに、全員がそろって、元気よく練習ができた。
気候もさほど寒くない。
入試の関係で、午後の授業がなくなり、日没を心配することなく、白球を追いかけた。

昨今は、こんなだましだましの部活が続いている。

やりにくい時代になったものだ。

2023年01月10日

宿題提出

いよいよ三学期が始まった。

私自身、年末年始は、ほとんど隠遁生活を行っていたので、久しぶりに生徒たちの姿を見た感じだ。やはりほっとする。と、同時に喜びも感じる。

新学期になって悩ましいのが、宿題の提出である。
このところ、「宿題を出さない」生徒が増えてきた。
以前の私ならば、徹底的に追及し、やや高圧的にもなり、また懇々と諭し、何とか宿題を提出させるべく動いたのだが、どうも一筋縄ではいかなくなっている。

「丹澤先生すいません。宿題が出来ていないからと、学校に来れないみたいなんです。」
若手の先生がそう私に告げる。

若かりし頃の私ならば、そんな間抜けな理由は許さなかったが、私も少し歳をとったのだろう。「あ、そう…」と言って受け流す。

要は、宿題未提出の彼(彼女)について、要らぬ追及はするな、ということなのだろう。

学校はチーム戦だから、本当はいろいろな先生たちが、いろいろな指導をしていい。
もちろん、向かうべき方向、ベクトルが逆向きであると、生徒も親も混乱はするだろうから、そうした最低限の調整はする。しかし、たくさんの先生が、その生徒にかかわり、指導をし、結果、教育効果が上がっていく…。そんなスタイルを学校では行ってきた。

世の中、社会も個人主義が強くなり、「個性重視」というお題目の下、いつしか学校でもそうした傾向に侵食されてしまった。

時には、まるで腫れものにでも触るかのように生徒に接することもある。

私はある意味、教育の放棄だと思うが、先生たちの人間なので、「あれもダメ、これもだめ」と制約を受ければ、かつての情熱も吹き飛んでしまうのだろう。

結果、担任やら学年主任の負担がさらに重くなり、その他の先生たちは、「見て見ぬふり」状態に陥りやすい。

いわゆるチーム戦の崩壊である。

たかが宿題、されど宿題。
その奥には、教育スタイルそのものの問題が潜んでいる…。
ファン
検索
<< 2023年01月 >>
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
最新記事
カテゴリーアーカイブ
プロフィール
丹澤三郎さんの画像
丹澤三郎
プロフィール
リンク集
おすすめ
×

この広告は30日以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。