2022年07月11日

日本の危機

安倍元首相がお亡くなりになった。

選挙期間中の応援演説の最中に、銃弾に倒れたというニュースは、日本のみならず世界を駆け巡り、その後の死亡報道は、全世界にショックを与えることになった。

世界の各国からその死を悼む声が届き、日本人すら気づいていない、安倍さんの実績が次々と明らかになった。

まだまだ若く、この先もご活躍される政治家であったと思う。

一方で、世界一平和と言われる日本において、銃弾で倒れるというというのは、世界中にショックを与えると共に、日本という国の危うさすら感じられる。

日本人はそれでもなお、平和ということに対して、惰眠をむさぼり続けるのだろうか。
確かに、一部の「おかしな人」による犯行なのだが、その警備体制の不備も指摘されている。

世界は、今や平和な世の中ではない。

時の政権である岸田首相は、ウクライナ支援によりロシアを敵に回してしまった。
これはアメリカバイデン政権に追従した形だが、いずれアメリカはウクライナから手を引くだろう。その時、宙ぶらりんになって、敵国だらけに囲まれた状態になるのが、日本の位置づけなのだ。

安倍元首相の親ロシア政策を転換して、独自色を出したかったかも知れないし、再登板を防ぐ狙いだったとも思えるが、おそらくこの政策は危機的状況を招きかねないだろう。この構図はバイデン大統領が、トランプ前大統領が再び立ち上がらないように、徹底的に反ロシア政策をしている様と同じである。

ロシアは日本が返還をもとめてきた北方領土に軍事基地を持ち、ここから北海道や東北に向けてミサイルを撃つことができる。

中国は、日本の主要都市に核ミサイルの照準を合わせている。

日本が、中国とロシア、北朝鮮の三国を敵に回すことになれば、アメリカをも巻き込んだ世界戦争になるが、その際、おそらくバイデンは、「日本には武器は供与するが、米軍は派遣しない」、というウクライナと同じことする可能性がある。

幸か不幸か日本の政治家には親中派が多い。
しかし軍事衝突は避けられても、中国の傀儡となることは免れまい。

こうした危機の中、安倍さんの死は、果たして日本国民に、危機意識を高めさせることができるのだろうか。

私は、たとえミサイルが飛び交おうとも、次世代を育てるために、授業を続ける気持ちでいるのだが…。

2022年07月06日

政治参加

何となくテレビを見ていたら、「若者の政治参加」について議論していた。

議論と言うよりむしろ、諦めムードで、参加しているタレントの一人が、「三十年前も、二十年前も同じ議論をしていた」と言い放った。

確かにそうなのだろう。
しかし、三十年前、二十年前との違いは、今の日本が決して平和とは言えないということだ。

政府が国際情勢を読み誤り、間違った判断を重ねてしまえば、日本は途端に有事になり、戦争に巻き込まれることになる。

その際、まず戦うのは、一部の政治家から「殺人マシン」とまで揶揄された自衛隊なのだ。
防衛費を制限され、実弾訓練すらままならない自衛隊に、国防を委ねるのである。

残念ながら、平和な世の中ではなくなってしまった。
戦後、押しつけられたはずの憲法をご本尊のように守り、一度も改正できない国など、世界中どこを探してもない。

いい加減、欺瞞に満ちた「平和憲法」という言葉は死語になって欲しいと思う。

日本には、相当数の中国のスパイが政権内部や、マスコミ、大企業、地方議会等、ありとあらゆる部分に入り込んでいる。彼等は、親中を進める中で、日本の国力を落とすべく、脱酸素を推し進めるたり、産業スパイとして技術を盗み出したり、ソーラーパネルを設置したり、山を買いあさり日本の水源を確保したりと、ありとあらゆる画策をしている。

国会議員だって、日本に帰化すればすぐに立候補できる。彼等がすぐに当選できるのも、まるで日本の国益に反するような彼等の主張そのものも、国論を揺さぶるためのものではないか、と疑ってしまう。

投票率が低くなれば、組織票のつよい政党が有利になる。
「どうせ、投票しても何も変わらない」という国民の半数の集合想念が、実は日本の危機を招いてしまうことになっているのだ。

工作員のような国会議員をマスコミの力で当選させてしまうようでは、日本の将来もかなり危うい…。

国民一人ひとりが日本のことを考えるべく、愛国心を高めるような、そうした教育が望まれるのだろう。




2022年06月05日

天空の極楽

またしても朝から時間が空いたので、ぶらっと山に出掛けた。ほぼ十日ぶりである。

若干天気が心配だったが、雨の心配はないようだったので出発。途中から晴れ間も覗き、視程もよく、遠くの山々も見えた。以前の雪山も、だいぶ雪が減ってきた感じだ。風も爽やかで、とても心地よい山行になった。

このところ、部内でコロナ陽性者が出たため、活動を自粛している。そのため、私自身の時間が少し取れている。今朝も、本来ならば部活なのだが、それが無くなったのでフリーになったのだ。一方で、部員たちは時間をもてあまし、また来るべき大会が迫る中、焦りの心が芽生えているに違いない。

一方で、「部活担当のない人の日曜日って、こんな感じなのかな…」と思う。

大昔、「退職したら毎日が日曜日」という言葉を聞いたことがある。
しかし、私はあまり日曜日の過ごし方を知らない。
長い教員生活の中で、日曜日がフリーであった日は、非常に少なかったように思うからだ。
だから、いざ、のんびりしてよい状態になると、逆にどうして良いか分からなくなることがある。

さて、今回の山行では、一時間以上にもおよぶ長い登り、途中心臓破りとも言える急登を越えて、稜線に出た。その気持ちよさは、筆舌に尽くしがたいものがあった。一部残雪が残る稜線の風は、天にも登るような心地よさで、これまでの苦しさをすべて忘れさせるようだ。

遠く、猪苗代湖も見えた。

本当は、ぶらっと会津あたりに出掛けて見ようかな、とも思ったが山に来て良かった。

途中、遅れて咲いていた峰桜を見た。
「なんという可憐さ、美しさなんだろう…」、と感動する。

山頂は、日曜日ということもあり、かっこう登山客は多かった。
だが、子どもの姿がない。

皆年寄りと言っては言い過ぎだが、中高年ばかりだ。
もちろん私も例外ではない。

この美しさを子どもたちにも体験させないな、と思う。

そういう経験をした人は、大人になってもなお、山に出掛けるはずだ。

天上の極楽は、優しく彼等を迎え入れるに違いない…。

2022年05月24日

久しぶりの登山

運動会の代休を使って、久しぶりに山登りに出掛けた。
通常なら、部活動があるのだが、幸い(?)中間考査前で活動なし。終日休みを取れた、のは三月以来だ。

少し遅めに登り始めたが、今日は終日天気が良かった。天気も安定しており、終日雲すら発生したなかった。

平日ながらも山には多くの登山客がいた。
コロナ禍で登山を控えていた、中高年の登山客だ。このところ、ようやく元通りになりつつあるようだ。

二年前の夏に登った時は、マスクをつけたまま登山をしている人がいたが、今回はほとんどいない。マスクへの認識は、昨今変わり、「屋外ではつけない」というスタンスになった。かつて、マスクをつけたまま体育の授業を行い、その後死亡してしまった事例があったが、ワクチンを含め、コロナにかかわる悲劇は、未だにやむところがない。細菌兵器でもある新型コロナウイルスによる混乱は、この先も続くのだろう。

山は良かった。稜線を歩いていても、どこまでも遠くが見えている様な錯角にすら感じた。遠く雪を抱いた山は東北地方の山だ。私が登っている山にも、いくつかの残雪はあったが、山はすっかり春である。しかし、まだ植物は見えない。緑と言えば笹の葉くらいで、まだ芽吹いていないのである。山はようやく春の息吹を感じるころなのだ。少し標高を下ると、峰桜が咲いている。かわいらしく、愛おしい姿の桜だ。この先、季節とともに、さまざまな高山植物が咲いてくるのだろう。

自然は素晴らしい。
人を穏やかにしてくれる。
壮大な山の景色は、すべての悩みごとをも吹き飛ばしてしまう。

平日ということもあって、今回、子どもの姿は見られなかったが、そうした自然体験を少年期に経験しておくことは、とても大切なことだろうと思う。

雄大な山々に抱かれて、どこまでも続く深く濃紺の青空に吸い込まれつつ、私は山を歩いた。

いいリフレッシュとなった。
この先、もう少し仕事を頑張ろうという気持ちもなった。

何よりも、自然との一体感と、最大限の幸福感を得ることができたと思う。

山よ、ありがとう。

2022年05月20日

世界がおかしい

夏の参院選が近づき、ばらまき合戦が激しくなった。
これらは合法的な国民の買収である。

合わせて、岸田首相はバイデン米大統領の言いなりになり、ウクライナ支援に多額の資金を投入する。

昨日見た国からの通知に、ワクチン3回目接種の状況に応じて、各自治体に補助金を支給するというものだが、その中に、合わせて、「ウクライナからの難民受け入れの人数」も勘案するという、驚くべきものであった。

世界の趨勢は、ロシア悪、プーチンをヒトラーになぞらえているが、冷静に判断すれば、日本ではロシアの言い分は一切報道されない。欧米でもウクライナが劣勢な場面は一切報道されない。時にロシア兵の民間人救出を、ウクライナ人と称しで報道する。

これらを指揮しているのはバイデンだが、彼等はアメリカの報道機関を抑え、自分たちの都合の悪い報道はしない状況を作り出した。反対勢力は徹底的に叩き、表だって活動できないようにさえしている。どちらかと言えば、ヒトラーはバイデンの方だ。

自由な報道は世界から消え、一部の指導者の考えだけで、世界が動くようになってしまった。アメリカの民主党政権は本当に戦争好きのようだ。ウクライナを支援し、ロシアを刺激し、ヨーロッパ諸国と戦争をさせ、これを機にロシアを滅ぼし、プーチンを縛り上げたいと思っているようだ。

岸田首相は、完全にアメリカの良いなりである。
世界からは、ほいほいお金を出してくれる都合のよい存在だと思われているのだろう。

イーロン・マスク氏がツイッターを買収しようとしているのも、健全な言論、意見が自由に発信できるようにしたいからである。アメリカ大統領戦で、一国の大統領の言論を封殺するなどという暴挙が許されてしまうのは、一企業としては明らかに越権行為であり、通常ならば、考えられない。これを正そうというのが、マスクしの考えだが、バイデンはこえをも潰そうと隠しているようである。

なんだか世界がおかしくなってきた。
いつ戦争が起きてもおかしくない状態になっている。

中国が広げたコロナウイルスが、巡り巡って中国に戻ってきて、大感染をおこしているのは因果応報としても仕方ないとしても、その中国を叩く代わりに、ロシアを攻撃するアメリカは、絶対に何かを隠している。もしかしたら、コロナウイルスの共同開発をしていたのかも知れない。

ワクチンだって実にあやしい。
厚労省は意図的に間違ったデーターのチラシを作り、国民の接種を促進した。
結果は、ワクチンを打っても大して変わらなかった。そればかりか、英国のデーターによると、接種者の方が感染リスクが高くなり、またその副作用による肉体への影響は計り知れず、さらには、多くの死亡者も発生している。恐らく厚労省の役人はワクチンなどほとんど打っていないだろうし、国会議員にしてもそうだろう。

世界は明らかにおかしくなっている。
何が正しくて、何が正しくないのかも分からない時代になってきた。

そんなある種、世紀末のような世界情勢に、我々はどう生き抜いたらいいのだろう…。

2022年04月17日

日曜日の畑仕事

ようやくじゃがいもの植え付けを終えることができた。この先と、次々と畑を作り、いろいろな野菜を植える。だが、まとまって使える時間が、日曜日の午後だけなのが、けっこうつらい…。

今日も午前中は部活動。途中、狂犬病の予防接種のため二匹の犬を連れて行き、午後からの家の仕事だ。幸い、日没が遅いので、明るい時間は長いのがありがたい。

しばらくぎっくり腰からの腰痛が続いていたので、畑の土作りも遅れに遅れ、また耕運機もエンジンがかからなくなってしまったので、鍬を使うしかなく、結構な大仕事になってしまった。

それでも、何とか畝を作って、この先の野菜作りの準備をしなくてはなるまい。

今日は、中3のT君が手伝ってくれた。
黒マルチを張って、印をつけて、次々とじゃがいもの植え付けをしていく。

「そう言えば、昨年はじゃがいもは失敗だったなぁ…。」
と思い出した。

比較的簡単と言われるじゃがいもですら、失敗するのだから、私の野菜作りも完全な道楽だ。たまには美味しいものも捕れるが、実は近くの道の駅で買った方が、安くて美味しかったりする。

それでも、経験としてこの先も野菜作りをしてゆこうと思う。いずれどこかで役に立つこともあろうし、それなりに野菜作りのコツやら知識は増え続けている。

この先、暖かくなると、雑草や害虫との戦いになるが、限られた時間でなんとか世話をしようと思う。

さぼらず、当たり前のことを淡々とこなし続ける。

これが、農作業のコツなのだろうと思う。
今日のT君は、黙々とそして淡々と作業をしてくれた。

なんだか怠け者の私には、ハードルが高そうだなぁ。

2022年02月23日

天皇誕生日に思う

昨日は「猫の日」だと、テレビはニャンニャン一色だったが、「竹島の日」としての報道はほとんどなかった。これが日本の報道機関の現実である。

変わって今日は、通常授業だった。
先日の建国記念の日と同様、天皇誕生日も授業日になった。
この休日は、学校歴では7月に移されるらしい…。

今日は、天皇陛下の誕生日、天長節である。

報道では、天皇陛下のお言葉が伝えられたが、何だか、眞子元内親王の話題ばかりで、これまた、日本のマスコミらしい報道姿勢だった。

秋篠宮悠仁親王の筑波大付属高校への入学の報道についても「お祝い」というよりもむしろ、粗探しのようにも見える。

何だか、積極的に秋篠宮家を叩き、「皇位継承させないぞ」という世論を作り、愛子内親王の女性天皇待望論をさらに大きく広めようとする、恣意的なものを感じる。

かつての女性天皇は独身であったという。
女性天皇の子どもは、男系ではない。
その時点で、これまで万世一系が崩れ、皇室の存在意義も揺らいでしまう。

戦後、GHQは皇室の廃止を目論んで、11宮家51名を臣籍降下させた。
いずれは、皇位継承者がいなくなり消えていくだろうと考えたのだろう。

現在の皇室を見るに、皇室を伝統文化としてのみ残していくには無理がある。
神道の祭司長としての、宗教指導者の側面があってこそ、その生き方に徳が生まれ、国民の信頼を得るはずだ。

「今日は何の日だか知っている?」
と授業で問えば、当然の如く「天皇誕生日」と返ってくる。

だからと言って、彼等が皇室に敬意を持っているとも思えない。
学校でも国旗は掲揚されない。

やはり私は少し違和感を抱く…。




2022年02月20日

公民館清掃

久しぶりに地元の公民館清掃があった。
半年ぶりくらいであるが、前回は失念してさぼってしまったので、今回は必ず行かねばならないと、何年かぶりに目覚ましをかけた。

厳寒期に入り、早朝の犬の散歩を控えているので、朝、隠れ家に行っていないのだ。
それでも、4時台には目が覚めるが、そのまま二度寝してしまうと寝過ごしてしまうので、保険としてセットしたのだ。

案の定、アラームで起きた。
5時20分のアラームで起き、そのまま公民館へ。
自動車で十分ほどの距離。

回覧板では6時から、となっているが、皆集まりが早く、6時には完全に終わっている。
だから私は、15分前には到着するように行く。

コロナ禍でほとんど使っていないので、館内も綺麗だ。
聞けば10日前に別の部落の人が掃除したのだという。

今朝は、雪の予報だったが、雨になった。
この先、風が強まり、山は吹雪になるだろう。

「よかったね。雪にならなくて…。今年は雪が多いね。」
地元の人が言う。

ここ数年暖冬だったので、この冬の寒さはこたえるようだ。

「学校も休校になっちゃったしね…。」
そんな声も聞こえてくる。

学校現場ではかなりの勢いでコロナが広がっているらしい。

先日LINEで連絡が来た。
「自主練期間、皆様はどのように部活運営をしていますか?」
というものだった。

私は「通常通り」だとはこたえられず、よその学校の先生たちのメッセージを見る。

すると、何と、体育の授業も中止にしている学校もあるようだ。

「うちはすべて保健にきりかえています。」

部活のみならず、体育もか…。

公民館清掃に来た地元の人たちは、相変わらずの元気いっぱいだったが。

2022年02月16日

スノームーン

このところずいぶん日が長くなった。
日没時間およそ夕方の5時半。日の出は6時半だが、春分に向けて、どんどん昼の長さが長くなっていく。

今日は、日没後東の空から、煌々と月が昇ってきた。
満月である。

聞くところによると、「スノームーン」というらしい。
昨今は、満月にいろいろな名前がついて、訳が分からなくなった。

月を見ても何も感じないよりは、何かしら思う方がいいので、古来より日本の伝統として、何らかのアクセントとしての命名は面白いのかも知れない。

こんな月夜の晩は、夜が明るい。
絵本の字くらいは月明かりで読める。

近くの山並みも、その雪が月明かりに照らされて、山が浮き出て見える。
お山も晴れているのだ。

久しぶりの穏やかな夜。  

程なく月は雲に隠れたが、恐らくは夜半には晴れ、また天高く満月が輝いたに違いない。

いろいろな露出で満月を撮る。
試してみなくては、適正露出が分からないのが月の写真だ。
同じ満月でも、地球との距離が変わるから、明るさも変わる。
空気の澄み具合でも違うだろう。

300mmの望遠レンズで撮って、さらに拡大してみる。
僅かに右側か掛けている。

月齢15を過ぎた、ということだ。

事務室に公用車鍵を返したとき、「月が綺麗だよ」と声を掛けた。

果たしてどれだけの人が月を愛でる心をもっているのだろうか。

この月が新月になる頃、高校三年生は卒業し、在校生は学年末考査を迎える…。

2022年02月15日

一行詩

少し前から、一日に一つは句を作ることにしている。
俳句というには稚拙すぎるので、一行詩といったところだろうか。

それでもできるだけ五七五七七に近づけている。
だが、その時の言葉選びが面白い。

思いつきを呟くのではなく、その時の思いを、一行詩に込めるのだ。
そのため、出来上がりまで少し時間がかかる。

さらには、私自身も状況を忘れてしまいそうで、ご丁寧に解説までつけてある。

一日の中で、何か印象的な出来事、その思いすらを見つけられないというのは、人生悲しいものだ。

その意味では、ただただ漫然と一日をすごすまいぞ、という私の決意でもある。

『はらはらと 心揺れて待つ君を 平静装い 置かれた本を読む』

これは放課後の講習を頼まれ、教室で待っていたが、誰も生徒が来なかった時のものである。
何だか恋の歌ようだが、私も心が少し揺れた。

あとから聞けば、私の講習を告知していなかったとのことで、「なーんだ」ということに到るのだが、その時は、教室に置かれた教養書をパラパラめくって、時を待った。
三十分くらい待ち、結局誰も来ないので帰宅した。

少し時が経ってから読み返したら、こんな詩でも面白いのかも知れない。

『昨晩の 雪が朝日に 消えていく 空気に戻り また雪になる』

朝日に、うっすら積もった雪が、じわじわと溶けていく。乾燥しているのか、溶けた水分はすぐに蒸発し、また空気に戻った。この空気が、しばらくするとまた雪になって降ってくるのだろうか。何だか転生輪廻みたいだ。

そう読んだ。

自然の描写は難しい…。




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