2015年01月22日
博物館教育の実践と課題-「大岡信ことば館」の試み-
第１章 博物館教育の実践の題材としてこの館を選択したわけ
「大岡信ことば館」は、2009年10月 静岡県三島市に開館(博物館類似施設)以来、文学館の「ジャンルを越え、美術や音楽、映画や演劇、身体表現といった芸術全般を、人が生きる中で発する「ことば」ととらえ(1)」、「ことば」を、人間の表現活動の統合として捉えなおすことによる生涯教育活動の実践の場として、しいては人生論の試みの場として活動してきた。これらの活動と、学校教育での「ことば」を既に在るものとしての実用手段と捉える方法との差異と、それによる効果について考察したいと考えたことによる。
第２章 大岡信の業績について
ここで、存命中とはいえ、大岡の業績について振り返っておかなければならない。我々一般人にとって大岡信と言えば、朝日新聞に長期連載された「折々のうた」を連載し、昭和・平成の世に「詞華集」の編纂という手段で、散文中心の近代日本人の教養の在り方に一石を投じた功績が挙げられる。
「詞華集は個人詩集では無く、数多くの詩人の作品から編者がよりすぐった傑作選を指すもの(2)」であり、古来日本人に限らず世界的にも「文学の中心は詩であり、詩集の標準は総集(詞華集)で、別集(個人詩集)は極めて特殊な例外(2)」とされた。
文明国といわれる国の国民は、日常生活に於いても、旅行をする時も常にその国の詞華集を鞄や懐に忍ばせ感性を磨き、豊かな生活の道具としてきた。「藤原俊成はその著「古来風体抄」の中で、桜の花を見て美しいと感じるのは、私達が花を詠んだ名歌を数多く知っているからなのだと喝破した(3)」ように、人間が他の動物と違う事の大きな要因の一つとしてこの感性の豊かさを持つことにあり、それは人間同士の触れ合いの場(感性の交わる場)にあることを自覚した生き方を選択してきたものだった。
これを知らなくても生きてゆくことはできる。しかし知っているのと知らないのとでは、現実の世界を感受する豊かさに於いて圧倒的な違いがあることは言うまでもない(3)」。
又文学史的には、若き前衛詩人という肩書を持って文壇に登場した大岡が、吉本隆明との対談で、「前衛は浅い」とし、汲めど尽きぬ古典の森に深く踏み入り、その中から敢えて、当時の社会・文壇への反逆から不人気の絶頂の「紀貫之」を著した。漢文にがんじがらめだった当時、真名序と仮名序を対比させ、日本語の進化に貢献した貫之の先見は、漢字かな混じり文に慣れ、当たり前に使っている我々にはこのことが如何に困難かつ革命的な行為だったかは想像もできない。「文字の無い日本人のヴォーカリゼーーション(音声言語)のみの世界観が、中国から輸入した漢字にぴたり当てはまるわけがない。そこにはどうしても文字表現だけでは込められない「もの＝霊」が出てくる。その音声と文字との間に残響している「もの」が、やがてコトダマや枕詞や掛けことばになり、「ものがたり」になった(4)」。このような切実な要請を予見し、漢字一辺倒という巨大な思想圧力から救った偉大なる貫之の試みは、大岡の生きた時代の西洋詩文、散文崇拝の風潮に対するアンチテーゼとして、伝統を省みる自らの道に重なる。
その試みは、古今和歌集の貫之の編纂に見られる平安時代の宮廷サロンに注目した名著「うたげと孤心」に結集する。
歌は詩は文学は芸術は、個人に終わるものではない。人と人の、ことばとことばの出逢いにこそ、個人を越えた新しい創造がある。アイデンティティーにこだわる西欧や近代日本の限界を超越する世界である。その世界を、日本の先人の連歌・連句に見つけた大岡は、現代の伝統の無い枯渇した詩や文学の世界を突破する試みとして、「連詩」なるものを立ち上げ、更にはその試みを国内のみならず、外国に迄拡げ、大岡同様に、自国の民族性を背負いながら西欧近代の超克を宿命としたメキシコの詩人オクタビオ・パスなどとも協同作業を試みてきた。
第3章 ことば館の活動と芸術教育
大岡はことば館に於いて、知識や技術ばかりでなく、人として無くてはならない内面の豊かさを如何にして育てるかに腐心する。それは先に引いた俊成の言葉のとおり、「もの」と「もの」との間、人と人との間にできる「場」において「物語る」ものなのだ。そこは「間(ま)」と言われることも、世阿弥の能における「水鏡」ともなる。このような主客の区別を越え、アイデンティティーを超越した場を提供し、何気なく通り過ぎてしまう「音声と文字との間に残響してくる「もの」は、やがてコトダマや枕詞や掛けことばになるものがたり(4)」を産み出す。こうして次の様な様々な企画やイベントで「ことば」を発信する。
・展示で産む〜あくまで練りに練られた大岡の言葉を題材としつつ、その表現の絞り出される過程を、意味にこだわらず、造形手法を使って、このような関係もありうるという可能性のひとつを見せてくれる。唯々書物の中に静かに閉じ込められた「ことば」が意味や力をもって動き出す。それは人が生み出した「ことば」と造形の出会いが新たな豊かさをもたらす「動く展示」の試みである。
・句会・連詩の会で体験する〜2011年12月に行われた、ふじのくに子ども芸術大学講座 小島ゆかり「連句であそぼう」(小島のつくるモデルを参考にルールを説明し、中学生が恐る恐る真顔で作った作品は、大人の見学者も舌を巻く、創造だにしなかった傑作を生みだす。句と句を繋ごうとする努力が個人の限界を超えた内容を作りだす。「詩歌の歴史に於いて、記憶にとどめられ、歌い継がれる最初の歌々は、おおむね唱和の歌、或いは対話的な歌である・・・それらの歌が最初の歌であったわけではあるまい。それ以前にも無数の歌がうたわれ、忘れられ、「合わす」ことに成功した歌だけが人々の記憶に留まったのである(5)」そこでは自我を越え無に至る「宴」の歌が無意識のうちに産まれる。
又2013年から2014年にかけて小学生以上対象のワークショップでは、連詩がもつ集団性、即興性の二つの要素をとりいれながら行う、身体を使った試みとなる「単なる音だけを聴くのではなく」、「ことばを人生の味方に」などを開催し、一日目は、二人一組になり、相互にインタビューをしながら詩をつくる「取材詩」。二日目は、参加者全員でことばを三行ずつつなげて詩をつくる「連詩」にチャレンジする。参加者同士の関わりのなかから詩が生まれるところがこのワークショップの特徴であり、ひとりでは思いもよらないような「ことば」が引き出される。普段の生活の中では、私たちは会話で相手とコミュニケーションをとるが、ここでは言葉だけでなく、音、からだ、声をつかって、身体感覚を研ぎ澄ませながら相手と「つながる」不思議な体験をする。子どもも大人も学生も社会人も、いろんな人と一緒に行うこのワークショップは、その時々の参加メン バーによって様々に内容が変化する。
・音楽的に体験する〜
毎年恒例の繊細かつダイナミックな筝の調べを、間近で感じることができるミュージアムコンサートを開催する。出演は県立三島北高校箏曲部と、草間路代（同校箏曲講師）。
又『「おと」と「ことば」と音楽と』(三島リコーダーオーケストラのみなさんと共に、「おと」と「ことば」のつながりをテーマにしたチャリティーコンサート)も開催し、日本的な音の饗宴にも人と人の「合わせ・競い・そろい」が体験できる。箏に限らず、「雅楽は日本のオーケストラと言われていますが、音の動かし方は西洋と異なっているんです。楽譜と言う絶対的な線路が無い。・・そして指揮者がいない、お互いの音を聴きあいながら、間をとりながらみんなで動かしていく。」「能の場合は鼓や能管の音の高さは決まっていないですよね。その時にその人の出せる音を出す(6)」、又同様に、連歌も「合わせる」ことで成立する。自分を通して別の人格が語る句を作ることで、個や意味を越えた創造の場を産み出す。
・音読で体験する〜1999年より静岡県文化財団主催ではじめられた「しずおか連詩の会」。2014年は大岡信ことば館に会場をうつして、この日のために創られた連詩を、作者自ら朗読・解説する。(様々な分野で活躍するアーティストたちが紡ぐ「ことば」のリレー。詩に込められた物語が、訪れるものたちの知的好奇心を刺激する。)又2014年12月「トークイベント・三島で気軽に本を楽しむ会をしたい」(誰かと一緒に本を読むって、実はすごく楽しい！４名のゲストと、参加者と一緒に本を読む。いつもとは少し違った形で本に触れて楽しみませんか？)などの試み。これは例えば「古今集の歌が、目で見るよりは、耳で聞いた方が際やかな印象を与えるという・・性格を持っている(7)」「視覚と聴覚が絡まっていくところに文学の快楽があるというところまでいく。・・・実は表意文字と表音文字が絡まる方が本来の言語だからだ(8)」という大岡達の「ことば」に対する信念から来る。
・郷土とそこに生まれる人との融合〜ことば館が大岡の故郷三島に誕生したのは、単に郷土詩人・文化人の成功のお披露目では無く、大岡が詩作や評論によって創造してきた芸術的方法の後世への伝達であり、後に続くものたちへの語りかけでもある。ものともの、人と人、ことばとことばの融合が創造をもたらすなら、人とそれを育んだ大地との融合も、その地域ならではのこころのかたちを生む。故郷を持たぬものはいない。生まれ育った地で語り、伝えるのは極めて順当な行為と言えよう。水の都三島の桜川と、貫之の「(桜川という所ありとききて)常よりも春べになれば桜川花の波こそ間なく寄すらめ」(後撰集107)が大岡の心の内で共鳴し、後の紀貫之論に繋がったことは創造に難くない。
第4章 まとめ
以上、様々な館の活動の一部を紹介したが、そのいずれのかたわらにもあったのは「ことば」であった。「事物と事物のたがいの映発-だがそれは実は「言葉」を通じてのみ実現することであった (9)」。人間の最大の芸術作品といっても良いことばが、産み出された瞬間から始まる形骸化を食い止めるのは、絶えまなき融合と、冷酷な選択である。ことば館が博物館として生き続けるのも、作品(資料)としてある過去や地位に恋恋とせず、言葉に代表される芸術を五感を問わない様々な形で外部との融合(「あわせ」)にさらし続けることに他ならない。今迄の活動を振り返る限りその様な危惧は不要と思われるが、中でも児童・生徒・社会人などを対象とした地域の声を取り込むことは特に重要と思われる。ことば館という「非系統的で、非集団的で」(全員を)「一つの目標への到達度に価値を置かない(10)」博物館の教育方法が、全員を一つの目標(普遍的な知や実用)に最短距離で導くことを目指す学校教育の影響を受けた子どもや大人を通じて、学校教育に刺激を与え、おのずと国語への愛を獲得し、又逆に学校教育の客観性を持つ地平からの刺激を取り入れ、専門用語一辺倒からも脱却し、より判り易く創造の過程を明るみに出すことが可能であれば、後世に伝えるという博物館教育の目的の一部も更に鮮明になる。そこに生まれてくるのは、「ことば」を媒介としてはいるが、「市民自体が教育主体となり、館側はそれを援助していくスタイルの定着(11)」であり、かくしてここにもうまれる、博物館と学校との合わせ(融合)が実を結ぶことを課題として結びとしたい。
注(1)大岡信ことば館 ホームページ「大岡信ことば館とは」より
注(2)丸谷才一著『日本文学史早わかり』集英社文芸文庫 2004年8月 P11,12
注(3)永田和宏著『近代秀歌』岩波書店 2013年1月 P@,B
注(4)松岡正剛著『にほんとニッポン』工作舎 2014年10月 P40
注(5)大岡信著『紀貫之』ちくま文庫 筑摩書房 1989年9月 P21
注(6) 季刊 ことばのしごと 第15号P24 (『対談 連歌から音の世界へ』 一柳慧談) 増進会出版社(大岡信ことば館)
注(7) 季刊ことばのしごと 第15号P38 中村稔著『手掛かりとしての三冊』増進会出版社(大岡信ことば館)
注(8) 大岡信ことば館だより 第10号P22 (『対談 歌仙から連詩まで』 三浦雅士談) 増進会出版社
注(9) 大岡信著『紀貫之』ちくま文庫 筑摩書房 1989年9月 P74
注(10)伊藤寿朗著『市民の中の博物館』吉川弘文館 1993年4月 P152
注(11)伊藤寿朗著『市民の中の博物館』吉川弘文館 1993年4月 P73
参考文献
新井孝喜著『博物館教育論』第8章、第9章、第10章、第12章、第15章 八洲学園大学教科書
全国博物館講座協議会西日本部会編『新時代の博物館学』2012年3月 芙蓉書房出版
全日本博物館学会編『博物館学事典『』 雄山閣 2011年8月
大岡信、岡野弘彦、丸谷才一対談『歌仙の楽しみ』岩波書店 2008年3月
大岡信ことば館だより 第10号 増進会出版社
季刊ことばのしごと 第15号 増進会出版社
大岡信著『紀貫之』ちくま文庫 筑摩書房 1989年9月
大岡信著『うたげと孤心』岩波書店 1990年8月
大岡信著『星の林に月の船』岩波少年文庫 2005年6月
永田和宏著『近代秀歌』岩波新書 2013年1月
松岡正剛著『にほんとニッポン』工作舎 2014年10月
丸谷才一著『日本文学史早わかり』集英社文芸文庫 2004年8月
伊藤寿朗著『市民の中の博物館』吉川弘文館 1993年4月
「大岡信ことば館」は、2009年10月 静岡県三島市に開館(博物館類似施設)以来、文学館の「ジャンルを越え、美術や音楽、映画や演劇、身体表現といった芸術全般を、人が生きる中で発する「ことば」ととらえ(1)」、「ことば」を、人間の表現活動の統合として捉えなおすことによる生涯教育活動の実践の場として、しいては人生論の試みの場として活動してきた。これらの活動と、学校教育での「ことば」を既に在るものとしての実用手段と捉える方法との差異と、それによる効果について考察したいと考えたことによる。
第２章 大岡信の業績について
ここで、存命中とはいえ、大岡の業績について振り返っておかなければならない。我々一般人にとって大岡信と言えば、朝日新聞に長期連載された「折々のうた」を連載し、昭和・平成の世に「詞華集」の編纂という手段で、散文中心の近代日本人の教養の在り方に一石を投じた功績が挙げられる。
「詞華集は個人詩集では無く、数多くの詩人の作品から編者がよりすぐった傑作選を指すもの(2)」であり、古来日本人に限らず世界的にも「文学の中心は詩であり、詩集の標準は総集(詞華集)で、別集(個人詩集)は極めて特殊な例外(2)」とされた。
文明国といわれる国の国民は、日常生活に於いても、旅行をする時も常にその国の詞華集を鞄や懐に忍ばせ感性を磨き、豊かな生活の道具としてきた。「藤原俊成はその著「古来風体抄」の中で、桜の花を見て美しいと感じるのは、私達が花を詠んだ名歌を数多く知っているからなのだと喝破した(3)」ように、人間が他の動物と違う事の大きな要因の一つとしてこの感性の豊かさを持つことにあり、それは人間同士の触れ合いの場(感性の交わる場)にあることを自覚した生き方を選択してきたものだった。
これを知らなくても生きてゆくことはできる。しかし知っているのと知らないのとでは、現実の世界を感受する豊かさに於いて圧倒的な違いがあることは言うまでもない(3)」。
又文学史的には、若き前衛詩人という肩書を持って文壇に登場した大岡が、吉本隆明との対談で、「前衛は浅い」とし、汲めど尽きぬ古典の森に深く踏み入り、その中から敢えて、当時の社会・文壇への反逆から不人気の絶頂の「紀貫之」を著した。漢文にがんじがらめだった当時、真名序と仮名序を対比させ、日本語の進化に貢献した貫之の先見は、漢字かな混じり文に慣れ、当たり前に使っている我々にはこのことが如何に困難かつ革命的な行為だったかは想像もできない。「文字の無い日本人のヴォーカリゼーーション(音声言語)のみの世界観が、中国から輸入した漢字にぴたり当てはまるわけがない。そこにはどうしても文字表現だけでは込められない「もの＝霊」が出てくる。その音声と文字との間に残響している「もの」が、やがてコトダマや枕詞や掛けことばになり、「ものがたり」になった(4)」。このような切実な要請を予見し、漢字一辺倒という巨大な思想圧力から救った偉大なる貫之の試みは、大岡の生きた時代の西洋詩文、散文崇拝の風潮に対するアンチテーゼとして、伝統を省みる自らの道に重なる。
その試みは、古今和歌集の貫之の編纂に見られる平安時代の宮廷サロンに注目した名著「うたげと孤心」に結集する。
歌は詩は文学は芸術は、個人に終わるものではない。人と人の、ことばとことばの出逢いにこそ、個人を越えた新しい創造がある。アイデンティティーにこだわる西欧や近代日本の限界を超越する世界である。その世界を、日本の先人の連歌・連句に見つけた大岡は、現代の伝統の無い枯渇した詩や文学の世界を突破する試みとして、「連詩」なるものを立ち上げ、更にはその試みを国内のみならず、外国に迄拡げ、大岡同様に、自国の民族性を背負いながら西欧近代の超克を宿命としたメキシコの詩人オクタビオ・パスなどとも協同作業を試みてきた。
第3章 ことば館の活動と芸術教育
大岡はことば館に於いて、知識や技術ばかりでなく、人として無くてはならない内面の豊かさを如何にして育てるかに腐心する。それは先に引いた俊成の言葉のとおり、「もの」と「もの」との間、人と人との間にできる「場」において「物語る」ものなのだ。そこは「間(ま)」と言われることも、世阿弥の能における「水鏡」ともなる。このような主客の区別を越え、アイデンティティーを超越した場を提供し、何気なく通り過ぎてしまう「音声と文字との間に残響してくる「もの」は、やがてコトダマや枕詞や掛けことばになるものがたり(4)」を産み出す。こうして次の様な様々な企画やイベントで「ことば」を発信する。
・展示で産む〜あくまで練りに練られた大岡の言葉を題材としつつ、その表現の絞り出される過程を、意味にこだわらず、造形手法を使って、このような関係もありうるという可能性のひとつを見せてくれる。唯々書物の中に静かに閉じ込められた「ことば」が意味や力をもって動き出す。それは人が生み出した「ことば」と造形の出会いが新たな豊かさをもたらす「動く展示」の試みである。
・句会・連詩の会で体験する〜2011年12月に行われた、ふじのくに子ども芸術大学講座 小島ゆかり「連句であそぼう」(小島のつくるモデルを参考にルールを説明し、中学生が恐る恐る真顔で作った作品は、大人の見学者も舌を巻く、創造だにしなかった傑作を生みだす。句と句を繋ごうとする努力が個人の限界を超えた内容を作りだす。「詩歌の歴史に於いて、記憶にとどめられ、歌い継がれる最初の歌々は、おおむね唱和の歌、或いは対話的な歌である・・・それらの歌が最初の歌であったわけではあるまい。それ以前にも無数の歌がうたわれ、忘れられ、「合わす」ことに成功した歌だけが人々の記憶に留まったのである(5)」そこでは自我を越え無に至る「宴」の歌が無意識のうちに産まれる。
又2013年から2014年にかけて小学生以上対象のワークショップでは、連詩がもつ集団性、即興性の二つの要素をとりいれながら行う、身体を使った試みとなる「単なる音だけを聴くのではなく」、「ことばを人生の味方に」などを開催し、一日目は、二人一組になり、相互にインタビューをしながら詩をつくる「取材詩」。二日目は、参加者全員でことばを三行ずつつなげて詩をつくる「連詩」にチャレンジする。参加者同士の関わりのなかから詩が生まれるところがこのワークショップの特徴であり、ひとりでは思いもよらないような「ことば」が引き出される。普段の生活の中では、私たちは会話で相手とコミュニケーションをとるが、ここでは言葉だけでなく、音、からだ、声をつかって、身体感覚を研ぎ澄ませながら相手と「つながる」不思議な体験をする。子どもも大人も学生も社会人も、いろんな人と一緒に行うこのワークショップは、その時々の参加メン バーによって様々に内容が変化する。
・音楽的に体験する〜
毎年恒例の繊細かつダイナミックな筝の調べを、間近で感じることができるミュージアムコンサートを開催する。出演は県立三島北高校箏曲部と、草間路代（同校箏曲講師）。
又『「おと」と「ことば」と音楽と』(三島リコーダーオーケストラのみなさんと共に、「おと」と「ことば」のつながりをテーマにしたチャリティーコンサート)も開催し、日本的な音の饗宴にも人と人の「合わせ・競い・そろい」が体験できる。箏に限らず、「雅楽は日本のオーケストラと言われていますが、音の動かし方は西洋と異なっているんです。楽譜と言う絶対的な線路が無い。・・そして指揮者がいない、お互いの音を聴きあいながら、間をとりながらみんなで動かしていく。」「能の場合は鼓や能管の音の高さは決まっていないですよね。その時にその人の出せる音を出す(6)」、又同様に、連歌も「合わせる」ことで成立する。自分を通して別の人格が語る句を作ることで、個や意味を越えた創造の場を産み出す。
・音読で体験する〜1999年より静岡県文化財団主催ではじめられた「しずおか連詩の会」。2014年は大岡信ことば館に会場をうつして、この日のために創られた連詩を、作者自ら朗読・解説する。(様々な分野で活躍するアーティストたちが紡ぐ「ことば」のリレー。詩に込められた物語が、訪れるものたちの知的好奇心を刺激する。)又2014年12月「トークイベント・三島で気軽に本を楽しむ会をしたい」(誰かと一緒に本を読むって、実はすごく楽しい！４名のゲストと、参加者と一緒に本を読む。いつもとは少し違った形で本に触れて楽しみませんか？)などの試み。これは例えば「古今集の歌が、目で見るよりは、耳で聞いた方が際やかな印象を与えるという・・性格を持っている(7)」「視覚と聴覚が絡まっていくところに文学の快楽があるというところまでいく。・・・実は表意文字と表音文字が絡まる方が本来の言語だからだ(8)」という大岡達の「ことば」に対する信念から来る。
・郷土とそこに生まれる人との融合〜ことば館が大岡の故郷三島に誕生したのは、単に郷土詩人・文化人の成功のお披露目では無く、大岡が詩作や評論によって創造してきた芸術的方法の後世への伝達であり、後に続くものたちへの語りかけでもある。ものともの、人と人、ことばとことばの融合が創造をもたらすなら、人とそれを育んだ大地との融合も、その地域ならではのこころのかたちを生む。故郷を持たぬものはいない。生まれ育った地で語り、伝えるのは極めて順当な行為と言えよう。水の都三島の桜川と、貫之の「(桜川という所ありとききて)常よりも春べになれば桜川花の波こそ間なく寄すらめ」(後撰集107)が大岡の心の内で共鳴し、後の紀貫之論に繋がったことは創造に難くない。
第4章 まとめ
以上、様々な館の活動の一部を紹介したが、そのいずれのかたわらにもあったのは「ことば」であった。「事物と事物のたがいの映発-だがそれは実は「言葉」を通じてのみ実現することであった (9)」。人間の最大の芸術作品といっても良いことばが、産み出された瞬間から始まる形骸化を食い止めるのは、絶えまなき融合と、冷酷な選択である。ことば館が博物館として生き続けるのも、作品(資料)としてある過去や地位に恋恋とせず、言葉に代表される芸術を五感を問わない様々な形で外部との融合(「あわせ」)にさらし続けることに他ならない。今迄の活動を振り返る限りその様な危惧は不要と思われるが、中でも児童・生徒・社会人などを対象とした地域の声を取り込むことは特に重要と思われる。ことば館という「非系統的で、非集団的で」(全員を)「一つの目標への到達度に価値を置かない(10)」博物館の教育方法が、全員を一つの目標(普遍的な知や実用)に最短距離で導くことを目指す学校教育の影響を受けた子どもや大人を通じて、学校教育に刺激を与え、おのずと国語への愛を獲得し、又逆に学校教育の客観性を持つ地平からの刺激を取り入れ、専門用語一辺倒からも脱却し、より判り易く創造の過程を明るみに出すことが可能であれば、後世に伝えるという博物館教育の目的の一部も更に鮮明になる。そこに生まれてくるのは、「ことば」を媒介としてはいるが、「市民自体が教育主体となり、館側はそれを援助していくスタイルの定着(11)」であり、かくしてここにもうまれる、博物館と学校との合わせ(融合)が実を結ぶことを課題として結びとしたい。
注(1)大岡信ことば館 ホームページ「大岡信ことば館とは」より
注(2)丸谷才一著『日本文学史早わかり』集英社文芸文庫 2004年8月 P11,12
注(3)永田和宏著『近代秀歌』岩波書店 2013年1月 P@,B
注(4)松岡正剛著『にほんとニッポン』工作舎 2014年10月 P40
注(5)大岡信著『紀貫之』ちくま文庫 筑摩書房 1989年9月 P21
注(6) 季刊 ことばのしごと 第15号P24 (『対談 連歌から音の世界へ』 一柳慧談) 増進会出版社(大岡信ことば館)
注(7) 季刊ことばのしごと 第15号P38 中村稔著『手掛かりとしての三冊』増進会出版社(大岡信ことば館)
注(8) 大岡信ことば館だより 第10号P22 (『対談 歌仙から連詩まで』 三浦雅士談) 増進会出版社
注(9) 大岡信著『紀貫之』ちくま文庫 筑摩書房 1989年9月 P74
注(10)伊藤寿朗著『市民の中の博物館』吉川弘文館 1993年4月 P152
注(11)伊藤寿朗著『市民の中の博物館』吉川弘文館 1993年4月 P73
参考文献
新井孝喜著『博物館教育論』第8章、第9章、第10章、第12章、第15章 八洲学園大学教科書
全国博物館講座協議会西日本部会編『新時代の博物館学』2012年3月 芙蓉書房出版
全日本博物館学会編『博物館学事典『』 雄山閣 2011年8月
大岡信、岡野弘彦、丸谷才一対談『歌仙の楽しみ』岩波書店 2008年3月
大岡信ことば館だより 第10号 増進会出版社
季刊ことばのしごと 第15号 増進会出版社
大岡信著『紀貫之』ちくま文庫 筑摩書房 1989年9月
大岡信著『うたげと孤心』岩波書店 1990年8月
大岡信著『星の林に月の船』岩波少年文庫 2005年6月
永田和宏著『近代秀歌』岩波新書 2013年1月
松岡正剛著『にほんとニッポン』工作舎 2014年10月
丸谷才一著『日本文学史早わかり』集英社文芸文庫 2004年8月
伊藤寿朗著『市民の中の博物館』吉川弘文館 1993年4月
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「最終的にこんな素晴らしいレポートを提出してくださった方もいらっしゃいました」ということで、2015年度春期受講生のためにリンクを張らせていただきました。
とりあえずご報告までですが、ご契約のために必要なことは確認できました。