2020年07月27日

奥東京湾のなごり(岩槻)真福寺貝塚

今回は岩槻区の南部を探索した時に出会った貝塚の話です。

<真福寺貝塚>しんぷくじかいづか
iwakaizuka (6).jpg
iwakaizuka (1).jpg
この説明板によれば、縄文時代後期から晩期の貝塚・集落跡とのこと。直径100mの円形に貝塚が分布しているようです。

iwakaizuka (2).jpg

ここは埼玉の岩槻。海がこんな奥地まで侵入していたわけですね。そして海の水が退いた跡には、広大な湿地が広がった。現在確認できる地形から、何となく大昔の情景が想像できます。あくまで想像の域ですが。

iwakaizuka (3).jpg
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細かく砕けた貝が確認できます

発掘調査の結果、土偶や打製石斧など多数の遺物が出土したそうです。ここで発見されたみみずく形土偶は国の重要文化財に指定されています。

みみずく土偶?

<みみずく土偶>
sn459.jpg
こちらは本物ではありません。駅前で撮影しました。この土偶がほぼ完全な形で見つかったそうです。

sn459b.jpg
人間の姿を模した素焼きの人形、つまり土偶。その顔がミミズクに似ていることからこの名前がつけられているとのこと。 なるほど。

sn459ad.jpg
参考になりました

それにしても
岩槻でも貝塚か

おおむかしは海岸線が関東平野の奥まで達していたことはよく知られていますね。いわゆる奥東京湾です。埼玉の南部において、貝塚はそんなに珍しくはありません。私の地元の浦和にもあります。

では関東で最北の貝塚はどこなんだろう?

調べてみたら、最も内陸の貝塚は栃木にあるそうです。えっ!と思いましたが、現在の渡良瀬遊水地付近と聞くと、なんとなく納得してしまいました。ただ、関東がいかに平野か思い知った気がしました。

iwakaizuka (5).jpg

ちなみに、この付近の台地の標高は10m強と言われています。貝塚はその台地の隅で人が暮らしたのごり。ついそこまで海が迫っていたなごりですね。

■訪問:真福寺貝塚
[さいたま市岩槻区城南]3丁目
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